世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3549
世界経済評論IMPACT No.3549

東大で「ヒッグスファクトリー」計画の国際学会:政府は来年3月までにILC誘致の意向表明を

山崎恭平

(東北文化学園大学 名誉教授・国際貿易投資研究所 客員研究員)

2024.09.09

 物に質量を与えるヒッグス粒子を量産して研究する次世代大型加速器の国際学会(LCWS)が,7月8日~11日に東京大学で開催された。この学会は欧州,北米,アジアで持ち回り開催されており,日本では2016年の盛岡市,19年の仙台市に続く5年振り3回目の国際学会となった。学会には欧米やアジアの20カ国・地域から過去最大規模の約340人の研究者が参加し,これまでは別々の場では発表されることが多かった円形と線形の加速器について初めて一緒に本格的な議論が交わされた。日本が誘致しようとしている線形のILC(国際リニアコライダー)は建設費,エネルギー消費量,環境負荷,関連技術等多方面で優位性があることを世界の研究者に印象付けることが出来た。日本政府は時期早尚と誘致意向を先延ばししてきたが,欧米や中国の計画もあり来年3月までに意向表明するよう改めて要請された。

日本のILC,CERNのFCC,中国もCEPC計画

 今回の国際学会で一緒に比較検討された次世代大型加速器計画は,日本が適地とされ誘致が図られている線形のILC計画,CERN(欧州合同原子核研究所)が検討している円形のFCC計画,そして中国IHEP(高エネルギー物理研究所)の円形CEPC計画である。いずれもCERNの現存円形LHC(大型ハドロゲン衝突型加速器)で2012年にヒッグス粒子の存在が実証されてから,同素粒子を量産し詳しく研究して宇宙と物質の謎を解明するために計画が具体化してきた。

 次世代大型加速器の3計画で,ILCは線形のためエネルギー効率が良く加速器の全長も当初50kmとされたものが,技術革新等で初期20km,建設費も7,000億~8,000億円程で建設可能となるといった面で最先端加速器とされてきた。これに比べて,FCC計画やCEPC計画は周長が100km前後と大きく,建設費は前者が2兆円超を要するとみられている。FCC計画は2026年からの次期欧州素粒子物理戦略に組み込まれる予定で,CEPC計画は中国の第15次5か年計画(2026~2030年)に盛り込まれる見込みである。

 こうした経緯のなかで,今回の国際学会ではILC計画がもっとも現実的であると認識され,改めて日本政府に対して誘致の意向表明が要請された。欧州のCERNはILC計画が具体化すれば協力する意向で,具体化しない場合にも独自のILC案を含めてFCC計画の実現可能性調査を25年3月にまとめる。他方,米国は科学諮問委員会が昨年末に今後10年間の素粒子物理学に関する方向性の最終報告書をまとめた。ヒッグス粒子の性質を解明するためにILCとFCC計画が実現可能ならば,米国は10億~30億ドルの支援が可能としている。

ILCの日本誘致意向表明は今がチャンス

 こうした状況の中で,今回の国際学会では改めてILCが最も実現可能な現実味がある選択肢と認識され,KEK(高エネルギー加速器研究機構)やJ-PARC(大強度陽子加速器施設)等世界的な研究実績のある日本が改めて建設の適地とされた。そして,「日本はILC誘致に向けて踏み出すなら今がチャンスで,今しかない。日本が先頭に立つことが重要」(山本均東北大学名誉教授)で,「2025年3月までに日本政府の前向きな意思表示が必要で,これが最後の機会」(鈴木厚東北ILC事業推進センター代表)とされた。

 建設候補地を抱える東北の関係機関では,7月25日に北海道・東北6県議会議長が内閣府と文部科学省に,また翌26日には岩手県・宮城県議会ILC建設実現議連が文部科学省と政府与党に,それぞれ政府の誘致意向表明を要請している。こうした要請はこれまでも何回も行われてきたが,日本政府は計画の意義は認めつつも財源問題もあって決定は時期早尚と判断を先延ばししてきた。しかし,文部科学省はILC関連予算を24/25年度10.5億円計上し国際的な協議を継続してきたことから,今後の対応が注目される。

 筆者はこの計画が明らかになったころから注目し,盛岡市や仙台市での国際学会も聴講し建設サイトの見学会にも参加して,科学技術立国や安全保障にもつながる国際研究プロジェクトとして,また東日本大震災からの復興に資する案件としてもその実現を願ってきた。そんな経緯からも誘致に向けて今が正に重要な時期であると認識している。一方,当初はマスコミの報道も大きく全国的に注目されていたが,最近は東北地方を除くと中央のメディアの報道は少なくなり,国民の関心が希薄になっていることを憂慮している。

オールジャパン案件として教宣・情報提供を

 ILC建設は宮城・岩手県境が建設候補地で,計画が実現すれば波及効果が直に及ぶ東北地方が誘致活動を活発に実施してきた(注1)。しかし,ILC建設は日本が初めてホスト国になるオールジャパンの大型国際科学技術案件であり,今後の政府やマスコミの教宣や情報提供活動の強化を望みたい。

[注]
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3549.html)

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