世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
ILC誘致で大震災の復興と新しい東北の創生
(東北文化学園大学 名誉教授)
2016.07.25
与党の大勝に終わった先の参議院議員選挙では,自民党は東北6県の小選挙区には安倍首相や有力閣僚,党幹部を異例なほどに送り込んだものの,秋田県を除く5県で野党候補者に敗れ1勝5敗の惨敗に終わった。東日本大震災から5年余を経過しても避難民がなお15万人に及ぶ復興の遅れ,TPPに対する農民の不安や説明責任を欠いている政治姿勢,それに東北の声が中央政界になかなか届かない不満が反映されたと思われる。
中央に届かない声は多々あるが,東日本大震災の復興と新しい東北地方の創生に向けて宇宙ステーションや南極観測に匹敵する国際研究プロジェクトを被災地に誘致する活動も好例である。これは,東北地方の産官学が一体となって誘致を図っている国際研究プロジェクトILC(International Linear Collider)で,北上山地南部に地下100mのトンネルを掘って31~50kmの線形型加速器を設置して,宇宙誕生の謎に迫る素粒子実験や研究を行うものである。ヒッグス粒子を発見して有名になったスイスにある円型加速器LHCの後続施設で,LHCはCERN(欧州合同原子核研究所)が運営し日米等も資金や研究協力を行ってきたが,次世代型の施設ILCを世界最先端の加速器技術を持ち素粒子物理学先進国の日本に作る計画が進められ,日本では候補地として岩盤が堅牢な北上山地が適地とされている。ILCは建設費が1兆円を超え資金負担は国際的に分担されるものの半分は建設される国が担う予定で,政府ベースの国際的な話し合いの早期開始と2017~18年度と見られる日本政府の誘致決定が待たれている。
既に東北各県の産官学が参加してILC推進協議会(東北大学総長と東北経済連合会会長が共同代表)を組織し,政府の文部科学省や議員連盟を中心に早期の誘致決定を働きかけている。誘致活動や準備はかなり活発になっており,前記協議会のほか各地域の自治体や経済界が研修や受け入れ準備を始め,住民や中高校生向けにはセミナーや出前講座で学びの機会を提供している。これらの活動や準備は,東北ILC推進協議会や岩手県,宮城県等,建設候補地の奥州市,一関市,気仙沼市のホームページで紹介され,地元紙岩手日報や河北新報紙もILCのバナーを張って随時発信している。地域の産官学一体となった誘致活動,住民や子供たちの期待や夢,それに地域のマスコミがこれほど力を入れて発信している例は稀有であり,地元各界のILC誘致に向けた熱意が分かる。
地元の期待や熱意は,ILC誘致による被災地東北地域の復興と新しい地域創造である。この6月東北ILC推進協議会の誘致準備室長に就任した鈴木厚人氏はノーベル物理学賞を受賞した小柴昌俊教授の弟子で,2015年にKEK(高エネルギー加速器研究機構)機構長から岩手県立大学総長に就任し,ILC誘致の意義を各地で熱く語っている。例えば,ILC技術は輸送,医療,新素材,情報通信,環境など様々な分野に応用でき誘発効果が4.5兆円といわれる産業振興にとどまらず,家族を含めると1万人以上となる外国人研究者が集う日本初の国際科学研究都市が生まれて地域からの「開国」につながり,サイエンスツーリズムが発展する。また,今後50~100年日本が世界の物理学をリードできる効果が期待でき,若者が夢を抱けるものになろうと訴えている。正に政府の目指す「科学技術立国」の有力なプロジェクトになると考えられる。
こうした国際的に日本に建設が期待され地域では希望や夢となっているILC誘致の東北の願いは,首都圏の人々や日本政府にはほとんど届いていないと観察される。年末地元のILC誘致のロゴを印刷した年賀状を送ったところ,ILCって何? どうして千載一遇ともいえる国際プロジェクトが全国的に話題になっていないのかと関心を示してくれた友人が少なからずいた。マスコミの全国紙や放送も東北地域版では報道されても,首都圏版では他のニュースに譲り関心を示すことはほとんどない。今年3月の震災後5年を期した仙台市での復興シンポでは,東北経済界がILCの誘致に言及した際に復興庁次官は金喰いプロジェクトと発言し(その後撤回),参加者の顰蹙を買った。国の行政官や国会議員にとっては,将来を見据えた地域創生や成長戦略の施策で旅行や買い物券のように手っ取り早いか公共事業のように選挙の票に結びつく計画が優先されがちで,これがILC誘致のネックになっていると思われる。
大震災と続く原発事故の復旧復興過程を地元で見て来た経験から,非常事態時における前政権と現政権の対応には課題が多く,そして地方創生や成長戦略といった長期の施策の議論では政治の劣化を随所に感じる。昨年仙台市で開催された第3回国連防災世界会議では,外国からの参加者が科学や学問の専門分野でも垣根が災いして有効な対策が採れないでいるとの反省を寄せていたが,日本の現状にも当てはまると縣念している。
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