世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
「対話」の涵養 :ベルリンの学会から想う
(広島市立大学国際学部 教授)
2016.06.20
2016年5月下旬,旧東ベルリンのフンボルト大学で開催されたドイツと英国の経営史関係の合同学会に参加した。
ベルリンは,1977年9月以来,ほぼ40年ぶりの訪問であった。当時,ベルリン滞在中だった恩師のひとりが入院されたと聞き,そのお見舞いが主目的だった。留学中の北部ドイツ・キールから西ベルリンまで5時間半の鉄道の旅であった。東西ドイツ国境では列車内でパスポートチェック,農業集団化の風景が続くなか西ベルリンが近づくと,Zoo駅で降りなければ,と緊張感が高まった。東ベルリンには日帰りで行った。当時5:1程度の違いがあったと思える東西100マルクの1:1の交換が必須だった。検問所のチェックポイントチャーリーから数十メートルだったのだろうか,東の監視塔から銃の構えがあるなか,徒歩で境界を越えた。東は暗く重苦しく,西は明るいもののベールのかかっているという印象だった。1989年11月の「壁」の崩壊後,そのチェックポイントチャーリーもいまでは観光地になっていた。ひとつとなったベルリンの中心部は,旧東のStadtmitteに移動していた。旧東ドイツに1961年に誕生した歩行者用信号機「アンペルマン(Ampelmann)」は,いまでは標準言語としての「絵文字」の代表格になっているし,ドイツ統一,復活の象徴ともなっていた。
ところで,欧州での学会,とくに経営史関係の伝統なのか,いつも「対話」を感じる。
長田弘(2013)は,会話と対話は同じようにみえるが意味の方向はむしろ逆を向いているのでは,という。コミュニケーションの手段は多様になり,会話は豊富になったかもしれないが,対話のありようは貧しくなったのではないか。一方的に自分の見方,考えを言って,お互いが向き合うことをせず,問題を差し出すこともせず,違ったものの見方を重ね合わせることもせず,談じ合うこともしなくなっているのではないか。その代わり,衝突,喧嘩といったかたちになりがちになっているのではないか。対話が不足してきているのではないか,と。
古くは30年戦争,第1次大戦,第2次大戦,EEC,ECs,EUなどを経てきた欧州には,いろいろとあったとしても,「対話」は,まだまだあるように感じる。
ヒストリアンは,研究において,主観的見方をまず大切にするといわれる。そして,史資料をもとにそれを論証する事実を積み重ねていく。対象である社会・組織は,他があって自己があるという言い方などにみられるように,自他があって成り立っている。主体と客体の相互作用の積み重ねのなかに社会・組織はある。それが時間を経ると歴史の一コマとなる。
歴史への主観的見方には,他からの追加的意見,修正要請,あるいは疑義などがあり,主観的見方の変容も生ずる。それは対話の結果である。ややもすると,一方的な意見の開陳のみで対話のない状況が多く見られる今日,このたび参加した学会では対話の文化・風土が継承されている。言葉を鍵として考える時間を共有し,言葉,ストーリーをめぐりながら考え方を重ね合わせていく作業の場であった。一方が他方にまったく取って代わるとは限らないし,他から受け取るものと棄てるものをお互いに取捨選択していく過程としての場であった。そうした過程の集約が学会としての歴史となっていく。
ベルリンでの学会中の5月27日に米国・オバマ大統領の広島訪問があった。訪問後,広島におおわれていたベールがとれたようだ,との印象を同僚が話してくれた。大統領の訪問,そしてスピーチが,大きな大切な「対話」であったことは間違いない。「対話」の涵養が大切なのだろう。
[参考文献]
- 長田弘(2013)『なつかしい時間』岩波新書
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