世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
イギリス離脱はEU統合にメリット:大陸の統合主義者の見方
(東北大学名誉教授,中央大学経済研究所客員研究員)
2016.05.02
イギリスがEUを離脱するのか,それともEUに残留するのかを決める国民投票が6月23日に実施される。イギリスにとって一大事であるのはいうまでもない。
イギリスではかねてからEUの規制や官僚主義への批判が強かったが,2012年緊縮財政が手伝って不況となり,失業率は8%に上昇して,強化されるEU規制,東欧諸国からの難民流入による賃金抑制と職の争奪戦などという主張がクローズアップされて,世論調査ではEU離脱支持が50%を超えた。キャメロン首相は「ガス抜き」のつもりで2017年までの国民投票を約束してしまったのであるが,首相自身はEU残留を支持しており,国民投票の約束で保守党の結束をはかるなどを考えていたと言われる。こんな大事に発展するとは予想していなかったらしい。
だが,国民投票ほど怖いものはない。今年に入ってから離脱・残留が世論調査で拮抗するようになった。キャメロン首相が信頼を寄せていた保守党のボリス・ジョンソン(ロンドン市長)が突然寝返った。閣僚数人も離脱派にまわった。
離脱がイギリス経済に大きなダメージを与えるという点については,国際機関やイギリス自身のシンクタンクも意見が一致している。IMFは英ポンドと国際金融の動揺にとくに注意を促している。イギリス国民に対しては,離脱は止めた方がいいですよ,とアドバイスするほかないのであるが,世論調査で離脱と残留が拮抗していると聞くと,イギリス人がどう判断しているのか分からなくなってしまう。
離脱はEUにとっても重大事である。戦後1950年代に始まった欧州統合により,EUは原加盟6カ国から一貫して加盟国を増やし,95年までに15カ国,資本主義諸国をほぼ取り込んだ。さらに21世紀に入り東欧諸国など13カ国を加えて今日28カ国になった。イギリスの離脱が逆方向への動きへの第一歩ともなりかねずない。スコットランド独立やスペイン・カタルーニア州の独立,はてはスウェーデンがイギリスの後を追うかもしれないなど,混乱の開始の合図ともなりかねない。
だが,イギリス離脱の方がEUにとってメリットが大きいという議論も大陸では少なくない。その中から二つを紹介しておこう。
まずJohn Worth のブログ(2016年3月6日)より。
「イギリスはEUの中で離脱意欲を明確にしている唯一の国である。イギリスは自らを強い国だと思っている。実はイギリスはEUスーパータンカーにつり下げられた帆船程度の強さしかないのである。/キャメロンは,EU首脳会議(16年2月)での協議をゼロサムゲームと捉えていた。イギリスがとる分を他のEU27カ国が失う,あるいはその反対と考えている。27カ国がキャメロンを支持していたなどとは捉えないのである。/キャメロンは,国民投票はイギリスのEU方針を30年間にわたって決着させると言ったのだが,私はそうは思わない。イギリスがブレア時代に戻ることはない。メディアは反EUだし,ボリス・ジョンソンが首相になるかもしれない。/イギリスはEUに貢献していないのに,EUが一方的にイギリスに貢献させられている。難民問題,シリア問題,ギリシャ問題,ユーロ問題,ウクライナ問題,これらでUKはなんの貢献もしていない。仏ロカール元首相は,EUの政治統合について,イギリスが離脱すればすぐにでも議論を始められると言っている。デグラウエがいうように,イギリスが外に出れば政治統合は進む。EU機関をもっとフェデラルにかつ民主的にすることはイギリスがいなければ可能である。/キャメロンは統合の反対者である。いろいろ具体的に統合促進に反対してきた。イギリスの反対がなければ,EU機関はもう少しましになっていた。」
次はロンドン大学教授のポール・デグラウエ(ベルギー人)である。
「イギリスの離脱派はEUが主権を持つ事態を許せないのである。主権を全面的にウェストミンスターに返したいと思っている。これはEU統合の否定である。仮に残留派が勝利しても,反EU派の力は残る。/残留派が国民投票で勝利しても,決して終わりではない。反EU派は残存し,反EUの動きを止めることはない。常に反EU,主権の完全なウェストミンスターへの返還の動きを繰り返す。EUの漸次的崩壊に戦略を切り返る。イギリスはEU統合に対する「トロイの馬」。内側からEU統合を崩す。国民投票に負けてもEU破壊戦略を続ける。/アキコミュノテール(EUの法律全般)に永続的に反対する国をEUに残すのは間違いである。/イギリスが離脱すれば,内側からEUを崩そうという試みは終演する。EUの団結は強まる。/EUはイギリスに今と同じ程度の貿易関係を供与し,しかも内側からの崩壊行動を阻止することができる。」
これは本年2月,ベルギーの新聞への投稿の一部であるが,かれは4月にもほぼ同じ主張をやはり同じ新聞に投稿している。こうした意見にシンパシーを感じる人は大陸には大勢いるのである。
EU残留運動の先頭にキャメロン首相が立っているが,上述のように,キャメロンは反統合主義者である。そのかれが残留運動を指導するのだから,議論はややこしくなる。「EUはけしからんけれども,残留の方が経済的メリットは大きいから,イギリスの繁栄と安定のために残留しよう」ということになる。それがジョンブル魂なのかと,聴衆はすっきりしない。経済的利益に魂を売ったように聞こえる。もっとも今日のイギリスはカネがなにより好きで,習近平の歓迎に女王を担ぎ出すほどだから,一定の効果はあるのだが。
魂と金勘定は別というあたりがまた大陸の統合主義者の怒りをかきたてるのであろう。イギリスの離脱が彼らの考えているように,EUに大したダメージを与えないで済むのかどうか,そこは問題として残るのだが,出ていってくれた方が統合にとってプラスが大きいと考えている人は少なくないのである。
イギリスはおそらくEUに残留し,統合に反対し続けるのではないだろうか。イギリスというのは大陸諸国にとって昔も今もやっかいな国なのである。
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