世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
大統領令を乱発して政策転換を呼号するトランプ:真価は労働者層の復権如何にある
(立命館大学 名誉教授)
2025.02.17
トランプ大統領が前政権からの政策転換を図ろうとして,矢継ぎ早に大統領令を乱発したり,世界の耳目を驚かすような仰々しい観測気球を打ち上げている。
高関税の設定,エネルギー非常事態宣言,移民排斥や本国送還,WHO(世界保健機関)や「パリ協定」からの脱退や離脱,政府機関の整理・新設と人員削減,DEI(多様性・公平性・包摂性)の否定,TikTokサービス禁止の一時的猶予,アイスランドの購入やパナマ運河の領有,そしてその究極はガザの所有とパレスチナ人の隣接国への移住などである。これらは話題性には事欠かないが,さて実際に実行しようとすると,国内での法改正や議会での承認を経なければならいものも多くあり,多くの紆余曲折が予想されるし,また対外的な問題群には拒絶反応を含む多くの困難が待ち受けている。不動産業出身らしく,過大な要求を掲げてアドバルーンを上げるが,その実「取引(ディール)」を通じてその落としどころを探るという手法を考えているのかもしれない。だがそうした虚々実々の取引交渉では済まないもっと基本的な問題群もその底には伏在している。
たとえば自国産業の保護のための高関税策を謳っているが,自国の労働者が生産していたかつての時代における貿易とは違って,グローバル化を通じるヒト,モノ,カネ,情報の移動が頻繁におこなわれている現代では,高関税の設定は直接的に相手国の打撃とはならず,その効果は限定的である。グローバル企業はメキシコなどの低賃金国に子会社を設置して,そこで加工した商品をアメリカに持ち込む方法をとっている。それを食い止めるためには「迂回輸出」(round about)を禁止しなければならなくなる。そうすると,世界中の相手国に一律の高関税を課さなければならなくなる。だがそれではアメリカへの「忠誠」の度合いに応じた差別的関税策の実施というディール策と矛盾することになる。バイデン政権はこうした実態を踏まえて,グローバル化に応じたフレンドショアリングというアメリカ本位のサプライチェーンの敷設を目指し,グローバル化を前提にして,かつ潜在的な敵国を排除する方針をとっていた。トランプ政権はそうではない道を探っているようだが,時代錯誤にならなければよいが,と懸念される。
またグローバル時代の企業活動にとって大事なのは技術とその革新にある。とりわけIT産業に代表される最新の科学と技術を取得しようとアメリカへの海外からの留学生が盛んだが,そこで得た最新・最先端技術を本国に持ち帰ると,アメリカの競争的優位が失われてしまう。そこで「見なし輸出」(deemed export)という用語を作り出して,最新科学技術をアメリカで身につけた高学歴エンジニアがその出身本国へ最新技術を持ち帰ったり,密かに渡すことを禁じている。これは概念的には説明可能だが,その実態を余すことなく白日に晒すのは,たとえば産業スパイのような場合は別だが,難しい。そのため,H−1BやL−1ビザによって一時的にアメリカ企業に雇用される高度科学技術労働者や経営管理業務担当者への企業秘密遵守(トレードシークレット)が強要されるし,またアメリカ政府機関への採用に当たっても,厳重な審査が課されている。とはいえ,在アメリカの多国籍企業の子会社全てには目が行き届かない。それはグローバル化が国民経済に与えるデメリットでもある。そこで相互主義に基づいて全体として管理し合うという枠組みに落ち着いてきた。これは偽ブランドの摘発とも重なり,米中間でもおこなわれている。
さらに日米間で問題になっている日本製鉄のUSスチールの買収交渉がある。買収を投資と読み替えて,投資は奨励するが,企業取得は認めないというトランプ側の方針が示された。これは中国が外資の導入に当たってとった策で,過半数所有を禁じ,政府による厳重な監視下での外資の活用を実施した。そして自国内に十分な生産・技術能力が備わった暁には国産路線に切り替えようという「鞱光養晦」路線である。これを今度はアメリカが,それも中国とは違って居丈高に上からの目線で行おうというのだが,実態としては後発国の姿であり,しかもそれを同盟国にも適用するとなると,彼我を峻別するというグローバル下でのアメリカの選択的外資対応策から逸脱することになりかねない。これでは同盟国の信頼を得られなくなり,対米進出に二の足を踏むことになろう。しかも件のUSスチールの買収に当たって,日本製鉄が完全所有子会社方式を求めたのは,企業秘密の核心たる自社の最新技術を使ったその再建を目指しているからである。最高技術の漏洩を恐れているからである。さてその興亡はどうなるだろうか。どの辺が落としどころか。
最後にこれが最も重要なことだが,これらの対内・対外政策の構想や実施によって,肝心のアメリカの労働者層の復権が可能になるだろうか。トランプが選挙において最大の力点を置いたのは,「制度化された民主主義」の枠外にある未組織労働者大衆の炎となった不満と怒りの感情と行動力の包摂であった。インフレの終息や雇用増大,それに社会福祉の向上などでその期待に応えられなくなると,トランプ政権の土台が崩れる。その帰趨はこれからの国内での熾烈な興亡に現れてくるが,最大の試金石は2年後の中間選挙になろう。そこで躓くとトランプ政権の命運を決することになりかねない。大言壮語や空約束では到底収まらないトランプ現象の核心がそこに凝集されているからである。
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