世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
混沌とした現代世界の総合的な解明:DIME+Tの射程はどこまで届くか
(立命館大学 名誉教授)
2024.08.19
政治的,軍事的,経済的,社会的な混迷を深める世界を一体的かつ複合的に解明すべくDIME+Tという枠組みを『朝日新聞』が紹介している(2024年8月3日)。外交(D),情報(I),軍事(M),経済(E),それに技術革新(T)がその構成要素である。こうした総合化・複合化への試みは従来からあったが,世界が安定的な秩序から分裂・分断へと急速に変化するにつれ,それらの総体をまとめて解明する必要が益々緊要になってきことを,これは如実に示している。そこで,この枠組みを筆者流に深めてみよう。
たとえば軍事と外交の関係は,俗に「ウエストファリア体制」と呼ばれるヨーロッパでの横並び的な国民国家群の成立に伴い,諸国家間の関係は外交関係として平和的に展開され,それが不調に終わった際に,軍事的な手段に訴えるという外交優先の枠組みであった。というのは,戦争手段によってでは一方的・圧倒的な勝利に至ることはほとんどなく,有利な立場を築いた上で停戦に持ち込み,外交交渉を通じてより優位な条件を相手国から引き出すことで終戦に至るのが,通例であった。戦争による国土の破壊と兵士の損耗,そして国民生活の犠牲を考慮せざるを得なかったからである。だが軍事力の強大化は殲滅戦へと向かい,その結果,二度にわたる世界大戦という不幸な結末を迎えた。そこで世界の平和を求める人々の切実な声を背景にして大量破壊兵器の少数の保有国による管理という次善の策が国連を舞台にして展開されるようになった。だが9.11事件に始まる近年の紛争は,弱者によるテロ行為を用いた破壊工作という「不比例な」闘いを頻発させた。大国の大型破壊兵器が有効に機能できないやっかいな闘いの始まりである。だが現在のウクライナやパレスチナでの紛争展開は強者による徹底的な非人道的掃討作戦という形でそれに対処している。外交や国際世論を無視した軍事一辺倒なやり方の横行である。
また政治と経済の複合的な解明については,ローポリティックとして従来は実務課題化されがちであった経済問題が,日米間の通商摩擦の浮上とともに同質的な同盟国間の解決手段として,これを国際政治経済学として解明する枠組みが作られるようになった。アメリカの経済力が金融とITサービスに偏り,製造業が後退することによって,日本やNIES,さらには中国,インドなどの新興国へとモノ作りの主力が移り,経済力の逆転が生じたためである。そこでグローバリゼーションの推進によってしばらくお蔵入りしていた対中排除と同盟国への寄生姿勢がアメリカの超党派的な国是となってきた。そのため,二国間協議においても軍事と外交を一体的に扱う2+2のみならず,そこに経済課題までも含める、より総合的な取り組みが台頭する。したがって「日米同盟」もより一体的なものに変質し,ITを中心にした先端技術の対中経済制裁が安全保障的な観点の色濃いものとして,同盟国への半ば義務化されてくる。アメリカの利益を守るため,西側同盟諸国は一致してサプライチェーン網を守らなければならない。だがその実態は我が国にとって深刻である。日本のデジタル赤字5.3兆円の大半がGAFAMに支払われていること(注1)と,対中輸入の極端な突出化(『2024年版通商白書』)は,日本のデジタルサービスの致命的な遅れからの脱出と対中排除策に起因する輸入先の抜本的な見直しを必死とするからである。
ここから浮き彫りになったのは,今日におけるIT技術の際だった重要性である。その中身もこれまではGAFAMの独壇場だったのが,今年になって生成AIの急成長と広範な普及・適用を生み出している。そこではエヌビディアというAI用画像半導体設計会社の急成長振りが顕著である。CUDAという高速ソフト基盤を設計し,その生産はTSMCが担っている。つまりインテル―TSMCという従来のファブレス―ファウンドリー関係からエヌビディア―TSMC関係へと主力がシフトし,そのための製造装置をオランダのASMLが担うという新たな枠組みが構築されてきている。そしてこれらの企業にアメリカ流のフレンドショアリングというサプライチェーンの網をかぶせて,対中排除を同盟国に強要しようとしている。しかもAIは民生用だけではない。その後陣にはドローン(小型無人機)やLAWS(自律型致死兵器)といった最新の無人兵器群があり,さらにはサイバー攻撃/防御(ACD)が控えている。これらは直接的な攻撃/防御兵器システムとしてばかりでなく,諜報活動全般にも幅広く応用され,かつ,軍事ばかりでなく,アメリカの大統領選挙にもデマ/ヘイト攻撃の武器として活用されている。その意味では情報技術が軍事,政治,経済,社会を貫く総合的かつ中軸的な手段として今日君臨しつつあるかにみえる。その脅威と恐怖から目をそらしてはならない。
[注]
- (1)『日銀レビュー』2023年8月,ならびに西角直樹「デジタル赤字は悪いことなのか?」三菱総合研究所,2024.04.25。
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