世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
岐路に立つ米民主党:トランプの再登場に想う
(立命館大学 名誉教授)
2024.11.11
トランプの再登場が決まった。そのことの余波や今後の展開に関しては色々に論じられよう。だがここでは少し角度を変えて,敗北したハリスを推した民主党について考えてみたい。独立派から出発して民主党を包摂し,「ニューディール」政策の成功を足場に4期にまたがる長期政権を築いたフランクリン・ルーズベルトは,労働者,自営農民,都市知識人を連結した,いわゆる「大連合」によって,その後のアメリカ政治の基本方向を生み出した。第二次大戦後はその上に「パクスアメリカーナ」を接ぎ木して,体制間対抗下での西側世界の主導国として君臨するようになる。そしてこの枠組みの下で,繁栄を謳歌した。それを共和党も共有し,「パクスアメリカーナ」の仲の悪い兄弟としての個々の政策での違いはあるものの,「理念型」の民主党と「現実的実務処理型」の共和党として,ほぼ交互に政権を担当してきた。だが同盟諸国の回復による経済競争力の相対的低下や新興独立国の台頭に伴い,IMF,GATTなどの国際的経済的枠組みの再編を余儀なくされてくる。そこでニクソンによる大胆な国際経済システムの変更の後を受けて,さらにレーガン政権によって日本などの同盟国の競争力の上昇に対抗すべく,国内保護主義と同盟国の輸出自主規制を強く求めるようになった。一方遅れて改革に着手した民主党はクリントン=ゴア政権下で自由化を堅持しつつもIT化・情報化・知財化に合わせた最新技術主導へのシフトによって主導国の地位を維持しようとし,サービス貿易を含むWTOへと改組した。だがそれらはいずれも「パクスアメリカーナ」世界の内部での微調整に過ぎなかった。
それが決定的な変化になる兆しは,オバマ政権の登場によって始まる。そこでは核兵器廃絶や地球環境保護や保険・医療改革やマイノリティ(LGBTや黒人・ヒスパニック層)の権利拡大といった,従来,等閑視ないしは軽視されてきた宿痾に敢えて踏み込んだ。だが9.11同時多発テロへの報復としてのブッシュ政権によるイラク占領は,自制していた軍事力行使を敢えておこなうことで軍事偏重へと傾斜した。にもかかわらず,かつての栄光と繁栄を取り戻せないジレンマは,ついにはトランプの「アメリカファースト」による自国内優先策へとシフトする。それは「パクスアメリカーナ」の美辞麗句の下で「制度化された民主体制」の片隅に追いやられ,次第に低所得層に没落していく白人労働者層の怒りに火を注ぎ,未組織層の圧倒的な共感をえた。この変化に気がつかない民主党は相変わらずエスタブリッシュメントが牛耳る制度内に新鋭のIT産業を接ぎ木するという糊塗策で延命しようとして,ヒラリー・クリントンは失敗した。バイデン政権はトランプの虚飾に満ちた言動不一致の隙を突く形で返り咲いたが,今度のハリスも同じ轍を踏んで,組織されない民衆の巨大な地下マグマの動きを察知できないできた。民主党を応援する知識人層や組織された労働組合,さらにトランプについて行けない共和党の守旧層がハリス陣営にまわったとはいえ,怒濤のようなトランプの攻勢には勝てなかった。
このことが意味しているものは,覇権国としてのアメリカの「制度化された民主主義」の終焉である。このことを悟り,どんな対策を講じるかが,いま民主党に問われている。依然として見せかけの制度の枠を突破できないでいると,その前途は暗い。相手のトランプが敢えて,制度や秩序を無視し,乱暴な言動で事態を打開していったのに,旧来の「良識的でお上品な」,その実,欺瞞に満ちた「民主主義」と「自由」を連呼するだけでは事態は打開できないだろう。それがアメリカ社会の中流以上の穏健で裕福な層にはどんなに心地よい響きをもっていても,底辺ではどうしようもないほどにアメリカの病根が深刻なことを看過している。民主党がこれまでの「大連合」から脱して,「働く」人々の利益を優先し,その周りに善意で良識ある人々を結集する,新時代にふさわしい新たな主体づくりに旋回できるか否かの岐路に今立たされている。
またトランプ政権が,成功を収めた扇動的なアジテーションをこのまま続け,かつてのヒトラーにように偏狭な排外主義から暴力的で抑圧的な方向に進むのか,それともあくまでも当選手段としてこれを片付けて,実際には穏便な保守政策志向に向かうのかどうかは不透明である。それには議会でも優位を築いた共和党との関係が肝心となろう。議会を越えた大統領の特権の行使を重視するのか,議会との調和を求めるのかでもある。いずれにせよ,民主党が新たな主体づくりに成功できないでいると,トランプ流の扇動政治が横行し,悲しいことにさらに極端で硬直的な強権政治体制へ移行することも想像に堅くない。確かなことは,当面は対外的には対中対抗を基軸にした敵味方を峻別する外交戦略を中心においたより好戦的な姿勢と,同盟国への一層の負担強化,そして国内的には社会福祉やマイノリティの自助努力の奨励であろう。だが選挙に勝つには扇動的な一点突破主義が効果的だが,平時での統治には過不足ない総合的な目配りが不可欠になる。その切り替えに成功しないと前途は危ういだろう。
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関下 稔
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