世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3651
世界経済評論IMPACT No.3651

「小顔」と視覚消費社会:美容市場活況の裏に潜む人類進化の分岐点とは?

宮本文幸

(桜美林大学 教授)

2024.12.09

 先日,地上波テレビの人気バラエティー番組に「錯視評論家」として出演した。テーマは「小顔」。日本をはじめとする一部のアジア諸国では,小顔願望が根強く,化粧,美容整形,サプリメント,ダイエットなどあらゆる手段が駆使されている。この結果,美容関連業界は活況を呈し,日本国内の市場規模は年間約6兆円と推定される。その内訳を見ると,化粧品が約2.5兆円と最大のシェアを占め,美容医療(年間成長率約9%)や美容サプリメント(同約7%)の成長が著しい。

 男性の美容意識も高まりつつあり,「美容男子」を自称するタレントが増加している。競争の激化により,タレント自身が「これだけでは差別化できない」と語る場面も見られる。

 一方,SNSやアプリを活用した「顔の変形」が簡易に行える環境も,こうした現象を加速させている。プリクラでの小顔演出が流行した時代から,InstagramやTikTokといったSNSで,手軽に加工された「理想の自分」を見せることが日常化している。また,アニメやゲームの3DCGキャラクターも,美の象徴として小顔が多用されることで,この価値観がさらに強化されている。

 注目すべきは,私たちの脳内に「美の基準」として形成されると考えられる「平均顔」である。「平均顔」とは,複数の顔を統合・平均化した顔画像を指し,平均する対象人数が増えるほど魅力的と感じる度合いが高まることが多くの研究で証明されている。この「平均顔」が近年さらに小顔化していると考えられ,小顔志向の風潮は今後ますます強まるだろう。

 小顔の歴史を振り返ると,それは約1万年前の「農業革命」まで遡る。狩猟採集から農耕栽培への移行により,安定した食料供給が実現するとともに,ヒトの「自己家畜化」が始まった。すなわち牛や豚がそうであったように身体は丸みを帯び,脳容量が減少して頭骸とともに顔が小さくなったのだ。見た目の性差の縮小や発情期の日常化も生じることとなった。脳容量は,この1万年で男性が約10%,女性が約17%減少したとされる。現在のAI化の波は,さらに脳の使用頻度を減少させ,将来的に脳容量が縮小する可能性を示唆しているが,これは別の議論に譲る。

 それでは,なぜ私たちはこれほどまでに自分の外見にこだわるのだろうか。その答えは,「人は見た目が9割」という言葉に集約される。初対面の相手に対して,わずか30ミリ秒で性格や人格の印象を形成するという本能的な特性が,人間には備わっている。この際の印象は,社会的に共有されたステレオタイプに強く依存している。たとえば,丸顔は「親しみやすく優しい」,面長な顔は「知的で洗練されている」,四角い顔は「意志が強く決断力がある」といったものである。

 ヒトの思考には,無意識のうちに瞬時に結論が浮かぶ「直観的思考」と自らの意思で時間をかけて慎重に結論を導く「分析的思考」の二つがある。見た目での人格印象形成は,まさにこの「直観的思考」であり,生物の本能に近いものといえる。マーケティング分野でも,日用品などの低価格商品は直観的思考で選ばれる傾向があり,高価な商品は分析的思考による選択が多いとされる。

 「見た目で人の内面まで判断したい」という欲求は,古代ギリシャのアリストテレスの時代から「観相学」という形で度々ブームとなり,近年も再び注目されている。しかし,心理学の研究では,見た目に基づく性格推定の的中率は低いことが示されている。このギャップこそが,人種差別や性差別の温床となってきた。「人は中身で評価すべき」とされる一方,生物としての本能に基づく「見た目重視」の傾向を否定しきれない現実が,偏見や差別の問題をさらに深刻にしているのである。

 私たちの情報取得における感覚比率は,視覚が83%と圧倒的である。現代はスマホやネットの普及によって視覚への依存度がさらに高まり,触覚や嗅覚は相対的に後退している。

 また,SNSの普及によって「映(ば)える」写真や動画が重要視され,情報の短文化が進んでいる。私たちは日々膨大な視覚情報に翻弄され,直観的思考で情報や商品を消費する「視覚消費社会」に生きているのだ。

 ICT技術の進展は,AIを通じて「自己家畜化」の新たな段階に人類を進める可能性を秘めている。一方,ルッキズム(外見至上主義)による偏見や差別の問題も浮上している。「視覚消費社会」の進行は,美容市場を活性化させる一方で,深刻な社会問題を引き起こすリスクも抱えている。人類は今,この進化の分岐点に立たされているのだ。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3651.html)

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