世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
「顔」が語る第一印象と“見た目”の科学:ドラマ・政治・採用等に働く見えない力への対処法
(桜美林大学 教授)
2025.03.10
近年,私たちの生活のあらゆる局面で「第一印象」が潜在的で大きな役割を果たしている。テレビドラマ,選挙戦,企業の採用や入試の面接など,わずか一瞬の「顔」や「表情」が,その後の評価や決断に大きな影響を及ぼす現実は,単なる偶然ではなく脳科学や心理学の研究でも裏付けられている。実際,わずか0.03秒で相手の印象を形成する人間の視覚情報処理は,日常のコミュニケーションや意思決定において極めて重要な役割を担っているのだ。
この例として採り挙げたいのが,NHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺〜」である。江戸中期を舞台に,吉原遊廓から出世し江戸文化を担った蔦屋重三郎の波乱万丈な人生が描かれる中,注目すべきは主人公の幼馴染であり,おいらんの頂点を極めた花の井の存在だ。小芝風花さんが演じる花の井は,小芝さんの従来の可憐なイメージを覆し,大人の色気と品格を兼ね備えた美しさで視聴者を魅了している。18cmに達する高下駄,黒とピンクのコントラストを際立たせる衣装,さらには時折覗く黄金の裏地――これらの衣装すべてが,丹念に設計された「見た目」の一部として,彼女の存在感を際立たせる。さらに,日本舞踊に学んだ流麗な所作や,微妙に変化する瞬間の表情は,まるで一幅の絵画のようにスクリーン上で鮮やかに映し出される。
こうしたドラマの演出は,メラビアンの法則が示す通り,視覚情報が感情伝達において55%もの影響を持つという事実に根ざしている。私たちの大脳皮質の大部分が視覚情報の処理に割り当てられており,「顔認識」に特化した多数の神経細胞が存在することは,私たちが無意識に相手の内面や能力を判断する仕組みを裏付けている。つまり,ドラマの中で計算され尽くした美しい所作や表情は,視聴者に対して一瞬で強烈な印象を与え,キャラクターへの共感や興味を引き出すための重要な要素となっているのだ。
政治の現場でも,第一印象は見逃せない要素である。選挙戦では,候補者の写真や映像,さらにはテレビ討論での一挙手一投足が,政策内容以上に有権者の判断に影響を与える。明るい笑顔,堂々たる立ち振る舞い,そして真剣な眼差しは,「信頼できる顔」として有権者の心に深く刻まれる。実際,過去の選挙では,政策や実績が十分に評価される前に,単なる外見の印象だけで支持を集めた例も多く見受けられる。とはいえ,こうした「顔評価」に頼った判断は,時として本来の実力や中身を見誤る危険性をはらんでおり,選挙戦略としては非常に複雑な側面を含んでいる。
また,企業の採用や大学入試などの面接においても,面接官は応募者の第一印象に大きく左右される傾向がある。応募者の服装,立ち姿,そして自然な笑顔や柔らかい目線は,履歴書や職務経歴書の数値情報以上に,評価に影響を与えることが少なくない。こうした現象は,採用プロセスにおける無意識のバイアスとして問題視され,近年は構造化面接や多面的な評価システムの導入が進められている。客観的な能力評価と,見た目に依存しすぎない選考プロセスの確立は,今後も採用や入試面接などの課題となるだろう。
現代はSNSや動画配信サービス,生成AIなどの発展により,視覚的で短文的な情報があふれる「視覚消費社会」となっている。スマートフォンで次々とスクロールされる“映える”画像や動画の中で,いかに印象的なビジュアルを作り上げるかが,個人のブランディングにおいても極めて重要な要素となっている。政治家や企業の広報担当者はもちろん,私たち個人にとっても,第一印象をいかに操作し,魅力的に見せるかということが,日常生活やキャリア形成において大きな意味を持つようになっているのだ。
このように,「顔」や「見た目」による第一印象は,ドラマ,政治,採用などの各現場で見えない大きな影響力を発揮している。気づかぬうちに外見に依存して下されている評価は,真の実力や内面の魅力を見誤るリスクをもたらす。私たちは,魅力的な「顔」による即時の印象に頼ってしまっていることを認識すると同時に,その背後にある本質を見極めるための客観的な視点を養う必要がある。未来を担うリーダーや優秀な人材を正当に評価するためには,見た目だけでなく,政策内容や能力,実績といった多角的な評価軸を意識的に重視することが求められる。
結局のところ,第一印象はあくまで「入り口」に過ぎず,その先に広がる本当の価値を見抜く目を持つことが,より健全で公平な社会を築くための鍵となるだろう。顔が与える一瞬のインパクトと,そこから生まれるさまざまな評価のメカニズムを正しく理解し,活用することこそが,私たちの未来をより豊かなものにする一助となるはずである。
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