世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3512
世界経済評論IMPACT No.3512

中国と米国が南シナ海で戦争する悪夢に備える

清川佑二

(元 日中産学官交流機構 理事長)

2024.08.05

中国との戦争の可能性は無視できなくなった

 7月下旬に東京で開かれた日米外務・防衛閣僚協議(「2+2」)は,中国を名指しして次のように厳しい認識を示した。

  • ・国際社会全体にとっての深刻な懸念であり,インド太平洋及びそれを超えた地域における最大の戦略的挑戦である
  • ・尖閣諸島を含む東シナ海での一方的行動や,南西諸島周辺でのエスカレートする行動に対し強く反対する
  • ・2016年の南シナ海判決は最終的で法的拘束力を有する。フィリピン船舶の公海における航行の自由の妨害と,セカンド・トーマス礁(アユンギン礁)への補給の妨害を深刻に懸念する

 中国は,東・南シナ海は中国固有の領土だと主張して「九段線」を設定して,フィリピンのEEZ(排他的経済水域)内のミスチーフ礁を1995年に奪い,2012年にスカボロー礁(黄岩島)を奪い,今はアユンギン礁(セカンド・トーマス礁)を攻略している。

 他にも中国はベトナム,マレーシア,インドネシアの島嶼の領有を主張しているが,「九段線」が争いの根源になっている。国際紛争平和的処理条約に基づき,オランダのハーグに設置された常設仲裁裁判所は,南シナ海問題に対し「国際法上の法的根拠がなく,国際法に違反する」との判決を示したが,中国はこの判決を「紙くず」と呼んで認めようとしない。

 アユンギン礁をめぐる紛争について,バイデン大統領は「いかなる攻撃も米比相互防衛条約を発動させることになる」と宣言したから,アユンギン礁紛争は,米中戦争に発展しかねない。中国の尖閣侵略に対して米国は日米安保条約を適用すると宣言しているから,日本にはフィリピンの立場も気持ちもわかる。

 ニューヨーク・タイムズ(7月30日)はブリンケン国務長官のフィリピン訪問の報道で,「懸念されているのは,事件が致命的なものに発展し,フィリピンが米国との相互防衛条約を発動するきっかけになりかねないことだ。それは悪夢になりかねない―米国と中国の間の戦争だ」,と報じた。末端の小競り合いから,本格的戦争になった例も踏まえた報道だった。

中国への防衛戦争の準備は進んでいる

 中国は2027年までに軍の近代化を完了し「戦争への備えを全面的に強化」すると決定して,台湾統一も念頭に急速に軍備を拡大している。

 米国では,インド太平洋軍のデービッドソン司令官が上院軍事委員会で,「2027年までに中国が台湾を侵攻する可能性がある」と証言した。その後も米軍の最高幹部は同様の発言をしている。フィリピンは台湾に隣接して,関係も深い。

 2027年を目指すかのように,米国,日本,フィリピンなどは,中国を念頭に防衛力の強化を急いでいる。米国防長官は7月にフィリピンを訪問して,軍事力強化のため5億ドルの援助を表明したが,過去最大の金額だ。米軍はフィリピンで9つの基地の使用を許可され,また島嶼での戦闘に即応する「海兵沿岸連隊」を設けて,分散配置を進めている。

 日本の自衛隊は巨額の予算を得て,軍備増強と自衛隊の南西シフトを急速に進めている。7月の日米2+2協議は,大臣レベルで初めて「核の傘」を含む拡大抑止の意見交換をした。

 しかし,米国と同盟国・有志国は,中国に進攻する意図も利益ももたず,ただ中国からの攻撃を思い止まらせるために防衛力を高めている。習近平総書記が「九段線」を根拠とする侵略を思い止まれば,戦争は避けられる。

世界は中国ロシア・ブロックと西側自由圏に二極化した

 ウクライナを侵略しているロシアと中国は,無限の友好関係をさらに強化している。NATOは,中国がウクライナ侵攻の「決定的な支援者」になり,ロシアの脅威を増大させているとして,ロシア支援をやめるよう求めた。

 西側との対立の過程で,ロシア,中国,北朝鮮などがイランと共にブロックを形成した。このブロックを後ろ盾として,ロシアは欧州へ,中国はロシアとともに日本周辺での共同訓練など挑発的な軍事協力を行い,東・南シナ海で勢力を伸ばそうとしているように見える。

二大ブロックの対決の中の経済活動を考える

 中国と米国の戦争が即時に起きるようには思えない。しかし実際に米国政府や日本政府が戦争の準備に目の前で奔走している事態を見ると,経済貿易分野でも万が一に備えて用意をしておく必要がありそうだ。

 中国ロシア・ブロックと西側自由圏との大きな対決となると,平常時とは全く異なる環境を想定する必要がありそうだ。

 優先的課題は,対立するブロックの中に置かれた従業員とその家族の安全の確保だ。興奮した大衆による過激な行動から身の安全を図ることを想定した,入念な事前準備が大切なようだ。

 ビジネスの世界では,戦時の厳しい規制・統制の遵守が求められる。米国政府はすでに厳しい輸出管理,輸入管理,金融管理などを実行していて,日本と欧州にも協調を呼びかけている。また戦争の兆候が出るだけでも世界の物流も資金の流れも止まるため,日本など資源のない国々では食料や工業用資材・エネルギーの確保も優先的課題になりそうだ。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3512.html)

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