世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
南・東シナ海の平和維持と対中交流拡大への課題
(元 日中産学官交流機構 理事長)
2024.04.15
日本経済界の訪中団は歓迎された
中国関係では反スパイ法,中国海警艦の尖閣領海侵入,福島原発処理水排出反対とともに,中国外交部の発言が日本の世論を冷え込ませている。この状況の中で,1月下旬に日中経済協会,経団連,日本商工会議所の合同訪中団が4年ぶりに北京を訪問することになり,中国の対応に関心が集まった。詳細な会議録が最近発表されたので,中国側が訪中団を歓迎して,前向きな対応がなされたことがわかった。
李強首相は,日中経済協会の提言書を事前に政府内で検討させて,積極的な姿勢を見せた。例えば,中国政府と外資系企業の定期的対話メカニズムを示唆し,「困難や問題があれば,どなたでも申し出てください,合理的かつ解決可能なものである限り,出来るだけ早期に解決します」とも述べた。台湾問題,反スパイ法,輸出管理問題などにも丁寧に触れた。
訪中団は王文涛・商務部長(大臣),金壮龍・工業信息化部長(大臣),劉蘇社・国家発展改革委員会副部長(副大臣)とも会談して要望を述べ,これらについて説明を受けた。工業信息化部では部長の出席は初めてで,ポジティブな変化だった。金部長が,今後も要望があれば申し出て下さいと締めくくったように,各省庁とも行き届いた姿勢を見せた。
李強首相については軽い存在だとする報道も見られるが,会談では行政の全権を掌握している自信が感じられ,しかも政府全体が首相の下でよく連携,機能している印象だった。
岸田・習会談によって経済交流が進みだした
呉江浩中国大使は日中関係パーティの挨拶で,昨年11月の岸田・習首脳会談で「戦略的互恵関係」推進に合意したことによって,交流が進んでいると紹介した。日本経済界の訪中団について先に触れたが,中国地方政府の訪日団も大幅に増え,さらに日中ハイレベル協議のために多数の中国閣僚が日本訪問の見通しだ。福島原発処理水についても,日中の協議が行われている。岸田総理に応じた習総書記の言葉で一斉に動き出したのを見ると,首脳会談の重要性を改めて実感させられる。米中関係でも首脳間の電話協議で,経済関係が安定に向かう雰囲気も出ている。
中国側にも交流を求める理由がある
日中の交流が進もうとする背後には,中国が経済悪化と米欧の厳しくなった態度のなかで,国際関係の改善に努めていることが挙げられる。王毅外相が戦狼外交を抑えて次々と訪問外交を展開しているのは,欧州諸国や豪州を米国から分断するためだと言われる。
米中首脳の4月の電話協議に習総書記が応じたのも,対米関係の安定のために交流を絶えさせず,衝突や対立を避けるためだったと報じられた。
南・東シナ海で中国の自制を促す
中国との経済交流が進みそうだが,中国の「威迫」への防衛が影を落とす。
圧倒的な海軍力の中国の自制を促すために,米国を中心とする防衛体制構築が大々的に進んでいる。訪米した岸田総理とバイデン大統領は共同声明で,とくに南シナ海については,中国の一方的な行為を抑止する措置を数多く表明した。日米比3国首脳会談も開催され,日米英3国の共同訓練の開始や米英豪AUKUSの日本の協力招請が明らかにされた。日米豪比4国の海軍は共同訓練を始めている。日米印豪Quad,日米韓3国キャンプデービッド会合,G7の結束など既存の協力体制に加えて,防衛網は一層強化される。米国と同志国には中国を攻撃する意思も利益もないが,中国を思い止まらせることを重要な課題としている。
中国との経済交流の課題
岸田・習首脳会談で,日本企業が中国で活動しやすい環境になってきた。中国経済が悪くても,経済問題であれば企業は対応できる。しかし今年いっぱいは,企業は4つ不透明に耐えなければならない。
・米中首脳の電話会談の成果がまだ十分に表れず,中国との軍事的緊張は高まったままだ。偶発的な軍事衝突とその拡大が懸念されるが,中国の方向性は不透明のままである。
・米国の先端技術と製品の対中輸出規制を,習総書記は「弾圧」と呼んで廃止を求めたが,米国の方向性は不透明だ。米ソ冷戦時代に見られたことだが,高度の緊張の際には,抜け駆けと映る企業行動は重大な結果になりかねない。
・中国の政治の今後の動きが注目されている。スパイ対策など「総体国家安全観」を強化し続けるのは何故か,政策の方向性を示す三中全会が開催されないのはなぜか,不動産問題を迅速に処理できないのは何故か,など経営環境の不安を払拭するうえで不透明なことが多い。
・大きな問題は,世界の先行きが不透明なことである。米国の他にインドやEU議会などの選挙が終わらなければ,先が見えて来ない。「もしトラ」の不確定性と排外主義,保護主義の風潮が世界に広まり,専制のロシア・中国が有利に見える。
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