世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3106
世界経済評論IMPACT No.3106

福島処理水で明らかになった中国の変化と日本企業の課題

清川佑二

(元 日中産学官交流機構 理事長)

2023.09.11

1.福島処理水問題は長期化する

 福島原発のALPS処理水は,8月24日から放出が始まった。世界で中国政府だけが「核汚染水」放出を停止せよと主張し,キャンペーンを世界的に展開し,日本産水産物を全面輸入禁止にした。中国では日本非難が高まり,日本大使館にレンガが投げ込まれ,日本品不買運動や日本に嫌がらせの電話までしている。国を挙げて反日行動を取っていることから,これは習国家主席の指示によるものであろう。しかも国民の安全のためだと主張したからには,今後も後退できない。日本も,IAEA関与の下に科学的根拠による放水だから後退は出来ず,したがって対立は長期化せざるを得ない。

2.中国の3つの大変化

 日本を攻撃するのは極度の経済悪化による不満の矛先を向けているからだ,あるいは米国の半導体政策に日本も同調したからだとの見方もあるが,大きな枠組みの変化にも目を向ける必要がある。

1)中国は世界を分断する方向に動いている

 中露と米欧日とは,軍事に限らず全面的に対立していることがG7広島サミットで一層明らかになった。サミット全首脳から中露,とくに中国に対する多数の率直な懸念が表明され,共同声明には機微技術の管理,経済的威圧や経済的依存関係の武器化反対などが盛り込まれ,「デリスキング」による建設的な関係が提唱された。東アジアについては「東シナ海及び南シナ海」の一方的な現状変更反対,「台湾海峡の平和と安定の重要性」も明記された。これらの指摘は究極的には習主席の「中華民族の偉大な復興」路線に行きつく。習路線を維持すれば中国は孤立し,西側自由圏と対決を続けることになる。

 広島サミットでは多数の重要課題について全首脳の合意が形成され,議長の岸田総理は高い評価を得た。多数の指摘を受けた中国は面子を傷つけられて日本大使を外交部に呼んで抗議し,挑戦を続けている。米国の半導体など対中投資制限と日本の福島処理水放水に反対した。インド,インドネシアなど5国との係争領域と台湾および尖閣諸島を中国領と表示した地図を発表した。習主席はBRICSに出席した一方では,モディ首相主催のG20首脳会議は欠席した。中国はロシアとともに西側自由圏に対して,対抗する途を進んでいる。敵対国を作ることによって求心力を高め政権を安定させる,という毛沢東以来の手法が思い出される。

2)中国は異質文明圏に変身した

 習総書記就任と同時に,中国では普遍的価値,報道の自由,市民の権利,司法の独立など七つの価値観を教えることを禁じ,代わって24文字の「社会主義核心価値観」を全面的に教育している。2年前からは習近平思想が学校で必修化され,国有・民間企業でも社員は習思想の学習会に参加しなければならなくなった。世界最大の資金運用会社の米ブラックロック社従業員でさえ,習思想の講義を受けるよう当局から求められたと報道された。昨今の中国では,商談のまくら言葉に習思想を発言することも珍しくない。文革時代には,客も従業員も「毛沢東語録」を掲げて発言してから商談に入った。反スパイ法の恐怖も含めて,文革時代の社会が甦ろうとしていると懸念する声もある。日本や欧米の常識は,中国では通用しなくなっている。

3)中国経済は長期停滞に入った

 今年になって中国の経済悪化は著しく,経済失速とまで言われる。不動産セクターの危機,若者の高失業率,対中投資の減少,輸出入の減少などが明らかである。李強首相以下が景気回復に努力を重ねているが効果は見えず,西側報道には中国が「日本病」に罹った,中所得の罠に陥ったなどの記事も少なくない。

3.中国で活動する日本企業の課題

 中国にいる日本企業は,中国の大きな変化にともない,次のような課題に直面している。

 第1は,日本企業・日本人への長期間の非難と暴力に備えることである。反日活動に対して日本政府は沈静化を求めているが,中国に留まろうとする企業は自ら安全を工夫しながら耐えざるを得ない。

 第2は,文革時代のビジネス環境も思い起こして,増大するリスクに備えることである。米レモンド商務長官は,「米企業にとって中国でのビジネスはリスクが大き過ぎるものになりかねない」と警告した。米実業界の認識を反映した発言であり,日本企業にとっても重要な警告である。

 第3は,中国市場への過度の依存を見直すことである。広島サミットは経済的依存関係を悪用した威圧を指摘したが,日本産水産物の全面輸入禁止は典型的事例である。中国依存を続けてきたドイツも,「過去10年間の中国の行動から生じた課題」に対処するためとして,初の「中国戦略」を策定してデリスキングを始めたが,これが世界の潮流になっている。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3106.html)

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