世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3468
世界経済評論IMPACT No.3468

北欧型のユニコーン企業の起業をめざして

岩本武和

(西南学院大学経済学部国際経済学科 教授)

2024.06.24

 1990年のバブル崩壊から35年間,日本が失ったものとして,第1に,労働生産性(一人当たりGDP)が先進(OECD加盟)国38か国中31位に落ち込んだこと,第2に,円の総合的実力を表す実質実効為替レートは,1ドル360円の固定相場制だった1970年1月より,1ドル150円台の2024年4月の方が低くなってしまったことがあげられる。この2つのうち,前者については,拙稿「円の総合的実力は1970年より低い!」(『世界経済評論IMPACT』2024.6.17,No. 3460)で述べたので,本稿では,後者について,つまり日本と欧米等との生産性格差を縮める長期的政策について考察する。労働生産性の向上には,モノへの投資(技術革新)と,ヒトへの投資(教育)が考えられるが,ここでは話を後者に限定したい。その一部は拙稿「生産性について考える:人への投資と大学の無償化」(『世界経済評論IMPACT』2024.2.12,No. 3297)を参照されたい。

 スウェーデンのノキアは,1998年から2011年まで携帯電話での世界シェア第1位の企業であったが,スマートフォンへの事業転換に乗り遅れ,2014年にマイクロソフトに買収された。数千人規模の人員削減を迫られ,国の経済が危機にさらされたとさえ言われる事態に直面した。しかし「ノキア・ショック」から10年,ノキア城下町のオウル市は,今ではスタートアップ企業のインキュベーターへと姿を変え,かつての活気を取り戻した。政府や自治体がとった対策は,ノキアへの資金注入(ゾンビ企業の救済)ではなく,リスキリングによる転職や起業支援に資金を振り向けた(本節および以下は「成長の未来図・第3部 北欧の現場から」『日本経済新聞』2022年12月5日~18日参照)。

 人口が550万人という小国だが,世界でトップレベルといわれるフィンランドの教育政策は,少子高齢化に向かう日本には参考になるだろう。第1に,偏差値はなく,正解がひとつではないテーマについて考え,言葉にする。「いい人生ってなんだろう?」とか,「ランプの温かさをエネルギーとして活用するにはどうしたらよいのだろう?」とか,日本人の学生なら全くついていけないはずの教育内容である。第2に,教員はみな修士学位を取得しているが,数字で測れない力の習得に重点を置くので,教員にとっては教えることの難易度が上がるからである。第3に,リスキリングの土台としての幼児教育や初等教育が重視され,社会人になってもリスキリングや生涯学習が積み重ねられる。実際2021年からフィンンドは,義務教育年齢を16歳から18歳に引き上げた。

 フィンランドだけではなく,北欧全体が起業を成長の起爆剤に位置づけている。北欧5カ国へのベンチャー投資額は21年に計164億ドル,直近のユニコーン企業(企業価値10億ドル以上の未上場企業)は65社に達した。スウェーデンは人口100万人あたりユニコーン数が3.5社と世界4位。フィンランドとデンマークは1.4社で11位,12位につける。さらに,北欧・バルト8か国(NB8)では,ユニコーン企業が30社近くあり,これは一人当たりのユニコーン数で,シリコンバレーを除き世界最多の地域である。ちなみに日本は0.1社で29位に甘んじている。

 重要なことは,「米国型シリコンバレー」とは異なる「北欧型ユニコーン」であることだ。ハイリスク・ハイリターンを求めて野心家が競うシリコンバレー流に対し,北欧は手厚い福祉が起業や転職のリスクを和らげる。柔軟性(フレキシビリティー)と安全性(セキュリティー)を兼ね備える「フレキシキュリティー」というEUの理念が,起業の場面にも浸透している。例えば,スタートアップ企業の製品の試作段階で,政府から資金援助を受けることができ,その分,投資家は資金面でリスクを低く抑えられる。

 翻って,日本のヒトへの投資はどうであろうか。筆者には,次の3つの問題意識がある。第1に,後ろが長くなっている分だけ(高齢化社会),前も長く生きてはどうか(若者世代の教育期間の延長,教育機会の増加など)。第2に,大学(少なくとも文系)の4年生は,就活で機能していない(高校3年生も大学受験で,中学3年生も高校受験で,小学6年生は中学受験で機能していない)。第3に,大学を含めて同窓会(Alumni)が「老人クラブ」としてしか機能していない。欧米の大学のAlumniは,官民と大学のそれぞれ現役世代が両者の橋渡しとして機能している。

 そこで以下の3つを私案として提言したい。第1は,大学の学士課程4年間と修士課程2年間を連続させ,学士と修士の5年間一貫教育で,5年間でBA(学士学位)とMA(修士学位)の両方が取得できるようにする。この仕組みは,すでに東大,京大,阪大,神大,一橋などの経済学部ではすでに導入済である。第2は,大学秋入学の導入の再検討である。ポイントは,高校は3月卒業,企業も4月入社のまま,「大学のみ」が秋入学にずらすことである。「高校3月卒業~大学秋入学」「大学秋卒業~企業春入社」の2回のギャップタームを利用して,前者では受験勉強,後者ではボランティア,海外武者修行の旅等々に充てればよい。第3に,「5年一貫教育」にも「ギャップターム」にも,原資が必要であり,そのためには奨学金の充実が必須である。日本の大学生ほど奨学金受給率の低い国はない。日本教育支援機構(JESO)だけでなく,民間(企業)奨学金に期待したい。

 いずれにせよ,「役に立つ」教育,「即戦力」主義という考え方を根底から改めるべきである。前述の「いい人生ってなんだろう?」という問いは,「役に立つ即戦力」とは無縁であるが,その積み重ねこそ,ユニコーン企業の起業につながるはずである。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3468.html)

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