世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3426
世界経済評論IMPACT No.3426

ポスト自由貿易時代のアメリカ

鈴木裕明

(国際貿易投資研究所 客員研究員)

2024.05.20

米国はポスト自由貿易の時代に入った

 米国は2017年を起点として,ポスト自由貿易時代に入ったと言ってよさそうである。そこから7年余りが経過した。その間に,米国の姿,経済の全体像はどのように変化し,あるいは変化していないのだろうか。今後はどこへ向かっていくのか。

 言うまでもなく,2017年はトランプ政権が発足した年だ。トランプは保護主義を宣言,通商法301条(不公正貿易是正のための対中追加関税)や通商拡大法232条(安全保障を理由とした鉄鋼・アルミ製品への追加関税)などの禁じ手を次々繰り出し,一方的な関税引き上げを始めた。世界中がWTO軽視だと沸騰した。

 起点から4年。2021年には,議会乱入事件などの騒乱を経て,反トランプを標榜したバイデン政権がスタートする。何しろ反トランプであり,またバイデンはオバマ政権時代に副大統領としてTPPを主導した実績もある。スタート前には自由貿易回帰を期待する向きもあった。しかし実際に起こったのは,トランプ関税の静かな継承――,表向きの反トランプとは異なる通商政策運営であった。しかもその後,バイデン政権は年を追うごとに保護主義への傾斜を強めていく。今ではトランプ関税のさらなる強化が平然と進められている。バイデン政権としては,WTO改革が進まない中で,経済効率性(=自由貿易)と,経済安全保障や国内格差の問題など(=保護主義)を秤にかけてみれば,後者の優先順位が高いとの見解である。

 勿論,細かく見れば,同盟・友好国の取り扱いであるとか(バイデンの方が相手国で施策を分ける),関税重視(トランプ)か補助金も重視(バイデン)かなどの違いはある。しかし大掴みでみれば,保護主義は,分断激しい共和・民主の党派を超えて共有されたといえるだろう。すなわち,今後は政権交代が起きたとしても保護主義自体は変わらない。

輸入依存度は低下していないが

 そのポスト自由貿易時代の起点,2017年から8年目となる今,政策変更の効果はマクロ面でどのように表れているのだろうか。

 まず予想されるのは,輸入依存度(対GDP比,実質ベース)の低下だろう。しかしこの比率,低下していない。コロナ禍による急低下と反動増を挟み,上昇トレンドは現在まで継続されているのである。コロナ禍対応のために財政・金融政策をフル出動させ,目一杯景気を刺激したこともあり,需要に供給が追い付かなかったことも影響していよう。追加関税にもかかわらず,迂回輸出などを駆使して輸入品が入ってきている。

 ただし,金融は既に利上げをこなし終え,財政もコロナ禍緊急対応は終わった。保護主義強化や後述する対内投資増も見込まれる。いつまでも輸入依存度が上昇を続けるとは言えない。

増える対米直接投資,いずれ輸入を一部代替へ

 他国企業が米国に商品供給するには,輸出か,対米直接投資(による現地生産)かの選択肢があるが,トランプ関税とバイデン補助金によって,直接投資の優位性が高まっている。直接投資して米国内で生産を開始するまでには相当期間を要するため,当面は輸出でいくしかないが,米国がポスト自由貿易時代となったことを前提とすれば,中長期では直接投資を進めざるをえなくなる。

 米国の対内直接投資は増加トレンドを続けている。統計のベースにより水準や上昇ペースは異なるものの,投資残高の対GDP比は,1980年の約3%から近年では簿価ベースで20%超,時価ベースでは50%超にまで達した。ただし,トランプ~バイデン政権の政策変更で対米投資に強いインセンティブがかかってからも,簿価ベースでは未だ加速は見られていない(2022年時点)。EVや半導体など補助金や関税回避を意図した巨額の対米投資決定報道が相次いでいるのは昨年あたりからであり,今後,投資加速が見込まれる。

 こうして開始される米国内生産は米国内市場向けが中心となるため(それが目的であり,また保護主義的で労賃の高い米国内生産品は国際競争力を持てない可能性が高い),それまでの輸入が一部代替されていくことが予想される。

労働力不足が不法移民を引き付ける

 米国内に生産拠点が増えたら,次は労働者の確保が問題となる。既に米国の失業率は3%台と歴史的低水準に達している。となれば,国外から労働者もまた引き寄せられてくる。移民の増加である。既に流入は急増している。

 米国に住む移民の数は2022年時点で4600万人余り,人口比で13.9%を占める。これは20世紀初頭以来の高さなのだが,さらに足元でも移民の新規流入が急増している。米国議会予算局の推計では,2023,24年に各々330万人に達するとしている。2021年が117万人,2011~20年の10年間平均が92万人なので異常な増加ペースと言えるだろう。この330万人のうち,240万人が不法移民等である。出身国側の理由(中米諸国の政情不安・混乱)が根本原因ではあろうが,米国に入り込んでしまえば職があり,祖国より安全かつ安定した生活が得られる,しかもバイデン政権は不法移民に甘い,との目算があればこその「移民キャラバン」急増であろう。

 こうした人々の多くは,着の身着のまま,難民のように国境の「穴」を抜けてくる。経済面だけをみれば,人口(需要)増・労働力補給は需給を強化する資源であるともいえるが,これだけの不法移民に直面する米国の地元住民にすれば,生活環境を乱す一大不安要因である。当然,大統領・議会選挙に直結する。昨年来のバイデン政権の態度変化(国境の壁建設再開等)や,八つ当たり気味の日本批判(ゼノフォビア(外国人嫌悪)との発言)は,そうした文脈でみるべきであろう。

流入が多過ぎて急すぎて無理

 こうしてみると,米政権の対応は,ヒトでもモノでも根は同じであるといえるかもしれない。理屈としては米国への流入は経済にプラス(経済学では輸入それ自体は悪ではなく,自由貿易の一環としてみればプラス)ではあるが,あまりに流入が多過ぎ,かつ急すぎて,対応できないということであろう。

 バイデン政権にとって,モノの流入阻止については支持基盤の労組が賛成であり党内的にも問題はない。しかし,ヒトに関しては人道を重視する左派の強い反発がある。そのため通商政策ほどには反・不法移民に思い切り政策を振れないものの,それでも米国の移民政策は,政権による強弱の差はあれど,総じて抑制を強めていくことになろう。

ポスト自由貿易でもまだ困っていない米国

 以上見てきたように,保護主義の政策効果は,マクロ面では,起点から7年経っても意外と限定的ともいえる。米国経済は好調である。IMFは4月に,今年の米国の経済成長見通しを2.7%に引き上げた。これは1%に満たない欧州や日本と比べると遥かに高い。追加関税なかりせばより低インフレ・高成長だった可能性は高いが,少なくとも現時点では,保護主義のマイナスを米国がマクロ面で実感・後悔することは無いであろう。

 米国には保護主義への強力な反対勢力はもはやなく,追加関税強化や迂回輸出防止などが「順調に」検討・進行中である。とすると今後は,輸入依存度低下,対内投資加速,移民抑制といったまだ出現していない政策効果がいよいよ表れてくる可能性が高い。マクロ経済社会への影響も正負両面で強まり,ポスト自由貿易時代が本格化していくこととなろう。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3426.html)

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