世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
3期目モディ政権の経済特区:製造業エンジニアの課題
(国際貿易投資研究所 客員研究員)
2024.04.08
インドのモディ首相は製造業による雇用創出を目指すが,その継続し抱える課題は「製造業エンジニア」不足の解消である。
(1)アジア初の「輸出加工区1965」(EPZ)
インド政府は,輸出加工区(EPZ)を輸出促進の目的として利用する。アジアで最初のEPZは1965年にグジャラート州カンドラと台湾の高雄に設立された(注1)。高雄EPZの成功は周知のとおりである(注2)。
(2)「経済特区政策2000」
EPZは経済特区(SEZ)と似た構造を持っていたが,政府は2000年の「対外貿易政策」の下,EPZとは異なるSEZの設立に着手した。EPZ制度の下でのSEZのアプローチは,多数の規制管理,不十分なインフラ,信頼性の低い財政制度から生じる問題に対処し,多国籍企業からインドへの「外国投資を誘致」することを目的とした(注3)。これは中国の経済特区を参考にした(Aggarwal (2006) による)。
しかし,Zheng and Aggarwal (2020)よれば,2000年のEPZ制度の下で経済特区のインド経済への貢献は限定的であり,2003年度において,7つのEPZが創出したのはわずか8.94キロ平方メートル,88,700人の雇用で,正規の製造業雇用の1%に過ぎなかった。また,EPZへの投資がFDI全体に占めるの割合は,2003年時点で25%と低かった。
(3)EPZから「経済特区法2005」(SEZ)への転換
2005年に,EPZは,インフラや官僚的な課題に対処するため「経済特区法2005」に転換された。経済特区法2005はインドのそれまでの「SEZ政策」を改正したものである。同法は,インドを外資導入を通じ世界の「製造業」大国に押し上げることを目的として導入された。
2006年には「経済特区規則2006」において,SEZの開発またはSEZ内の事業所設立のための詳細な手続きを定めた。その結果,SEZのカテゴリーには,「自由貿易区,EPZ,工業団地(IE),自由港,自由貿易倉庫地帯,都市企業地帯」など,様々な目的をもったインフラが含まれるようになった(注4)。
しかしながら,経済特区法2005の効果も極めて限定的であった。インドは経済特区政策にも慎重なアプローチを採用したため,経済特区法は悲観的なものとなり,「外国資本」はほとんど関心を示さなくなった。2022年時点でこの間に設立された262の経済特区では,わずか5,576ユニットしか稼動しておらず,輸出に占める割合も20%未満にとどまった(注5)。
(4)「DESH法2022」
2022年度予算により経済特区法2005が新しい法律に置き換えらた(注6)。新らたなDESH(Development Enterprises and Services Hub)法案は,開発ハブの設立を目指している。その目的は,「製造・輸出競争力」の維持,経済活動の促進,雇用の創出,グローバルなサプライチェーンやバリューチェーンとの統合,インフラ施設の開発,研究開発を含む投資の促進である。
この法案は,「輸出」から「国内投資」へ焦点を移し,経済特区,沿岸経済特区,食品・繊維パークなど複数の経済特区モデルを統合することで,パラダイムシフトをもたらすと期待されている(注7)。DESH法は,輸出志向のアプローチを超え,インドでの「国内生産」を目指す「外国直接投資」による製造業クラスターの形成を目指す。この目的はモディ政権のメイク・イン・インディア政策に合致する。
(5)経済特区の状況
経済特区内に調達・製造拠点を設立する際の優遇措置としては,税の減免措置がある(注8)。例えば,2024年には,経済特区のユニットからの輸出所得に対する最初の5年間は100%の免除,その後5年間は50%の免除,次の5年間は収益を再投資する条件で5年間の最大50%免除がある(注9)。
2023年時点において,インドには272の経済特区があり,合わせて280万人が雇用されている。これらの経済特区は約1,330億米ドルの輸出を生み出し,サービス輸出がその約60%を占めている。製造業強国を目指すインドとして,「製造業」の比率が低い点が問題といえよう(注10)。
最後に
インドの外資導入による製造業強国の建設の野心を妨げてきた要因は何か。インフラの未整備など課題は多い。ただ,JBICデータを使用した因子分析によれば,「人的資本としての製造業エンジニア」の不足がブレーキ要因である。製造業の対インド投資において,この点は特に留意が必要である(注11)。
[注]
- (1)佐藤裕哉,「インドにおける経済特別区(SEZ)開発とその地理的分布に関する予察的考察」『下関市立大学創立60周年記念論文集(2017. 1)』。
- (2)Oqubay (2020)参照.
- (3)Manya Rathore, https://www.india-briefing.com/news/guide-indias-special-economic-zones-9162.html/#listofoperationalsezsingujaratHeader(Accessed on January 20, 2024).
- (4)https://www.tradecommissioner.gc.ca/india-inde/special_economic_zones-zones_economiques_speciales.aspx?lang=eng(Accessed on February 22, 2024). 転換された例として,ノイダ(ウッタル・プラデシュ州),チェンナイ(タミル・ナードゥ州),サンタクルス(マハラシュトラ州),カンドラ(グジャラート州)などがある。
- (5)https://www.nextias.com/ca/current-affairs/04-08-2022/development-enterprise-and-services-hub-bill-2022(Accessed on February 22, 2024).
- (6)同上
- (7)また,このSEZを世界貿易機関(WTO)の基準に準拠させる。
- (8)注(3)と同じ
- (9)SEZが公告された年から15年間のうち最長10年間の法人税免除,物品の海外からの輸入・国内調達の免税,原材料・部品の輸入関税の免除などがある。なお,法人税に変わり,約18%の最低代替税は,適用されている。
- (10)注(3)と同じ
- (11)Kuchiki (2023).
[参考文献]
- Aggarwal, Aradhna (2006) “Special Economic Zones: Revisiting the Policy Debate,” Economic and Political Weekly, 4143/44: 4533-6.
- Ahluwalia, Rahul, Rana Hasan, Mudit Kapoor, and Arvind Panagariya (2018) “The Impact of Labor Regulations on Jobs and Wages in India: Evidence from a Natural Experiment”. Deepak and Neera Raj Center Working Paper No. 2018-02, Columbia University.
- Kuchiki, A. (2023) “Accelerator for Agglomeration in Sequencing Economics: “Leased” Industrial Zones,”Economies, 11(12), 295.
- Oqubay, A. (2020) “Industrial Hubs as Development Incubator,” in A. Oqubay and J. Lin eds, The Oxford Handbook of Industrial Hubs and Economic Development, Oxford: Oxford University Press, pp. 523-558.
- Zheng, Yu and Aradhna Aggarwal (2020) Special Economic Zones in China and India: A comparative Analysis. In The Oxford Handbook of Industrial Hubs and Economic Development. Edited by Arkebe Oqubay and Justin Yifu Lin. Oxford: Oxford University Press.
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