世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3358
世界経済評論IMPACT No.3358

再エネの地政学的リスクをめぐる二つの見方

橘川武郎

(国際大学 学長)

2024.04.01

 再生可能エネルギー(再エネ)の拡大が,世界的に加速している。これによって,国際関係はどう変わるのか。地政学的リスクにいかなる影響が及ぶのか。2020年代にはいって刊行された2冊の著作は,対照的な見方を提示している。

 高橋洋著『エネルギー転換の国際政治経済学』(日本評論社,2021年)は,化石燃料から再エネへの転換が,エネルギーのあり方だけでなく,国際的な政治経済状況をも大きく変えると説く。化石燃料時代には,資源の偏在性を根拠にしてエネルギーの争奪戦が起り,国際紛争が絶えなかった。それが再エネ時代になると,資源の普遍性にもとづいてエネルギーの争奪戦は縮小し,より協調的な国際関係が成立する。もちろん再エネ時代にもレアメタルやレアアースの争奪戦は生じるだろうが,その規模は,化石燃料時代の石炭・石油・天然ガスの争奪戦に比べればはるかに小さい。本書は,「エネルギー安全保障の概念が消滅する」(163頁)とまで言い切っている。

 一方,十市勉著『再生可能エネルギーの地政学』(エネルギーフォーラム,2023年)は,再エネにも地政学的リスクがつきまとうとする。①再エネの原料供給,部材生産面での中国依存度が高く,②先進国を中心にクリーンエネルギー技術をめぐる国家間競争が激化し,③産油国・産ガス国で社会が不安定化するからである。再エネの急速な普及や地理的普遍性を認めつつも十市氏は,再エネと化石燃料に関して新旧二つの地政学的リスクが併存する時代に突入したと強調する。

 また,十市氏は,脱炭素エネルギーとしての原子力の重要性を説く点でも,高橋氏とは異なっている。その原子力についても,中国・ロシアの存在感が強まっていることによって地政学的リスクは存在すると,十市氏は指摘する。

 ここで紹介した二つの見方のどちらが正しいか,現時点で判断を下すことは困難である。ただし,高橋・十市の両氏による2冊の著作が,再エネをめぐる国際関係・地政学的リスクを考察する際の基本的視座を与えていることは,間違いない事実である。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3358.html)

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