世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3309
世界経済評論IMPACT No.3309

「もしトラ」のベースを整理してみる:政策運営はどうなるか

鈴木裕明

(国際貿易投資研究所 客員研究員)

2024.02.26

 共和党予備選挙がトランプ圧勝で進み,世論調査でもバイデンとの支持率争いは拮抗から時にトランプ優位へと傾く今,「もしもトランプが再選したら」,略して「もしトラ」は,「もうトランプ再選に向かっている」の「もうトラ」へ,などと喧伝されている。ただし,選挙は水ものであり,最後に蓋を開けてみるまでは分からない。また,現段階では公約の詳細は不明なところが多く,これから新たな公約も出てくるものと予想される。そこで本稿では,まずは,今後個別の政策をフォローしていくにあたり,共通して留意しておくべき「もしトラ」のベース部分について,整理しておきたい。

トランプは米国の「症状」

 第一に確認しておきたいのは,トランプの出現が米国民にトランピズムを引き起こしたのか(cause),あるいはトランピズム的なものを求めていた米国民にトランプが形を付けたという意味で,症状なのか(symptom)という2つの見方に関して,概ね,後者で結論が出つつあるということである。既に多く分析がなされているように,加速の付き過ぎたグローバリゼーションと思いのほか動きの鈍かった労働移動が多くの長期失職者を生み出す一因となり,そうした人々の生活は荒廃,鎮痛剤中毒を蔓延らせた。しかし民主党などリベラル勢力はこうした問題を捨て置いて温暖化対策や差別問題に注力した(失職者にはそう見えた)。そのためそこに「忘れられた人々」の一群が生じ,トランプ支持層を形成していったのである。

 さすがに民主党側も2016年のトランプ当選を目の当たりにして,こうした事態を把握した。バイデンは2021年に政権に就くと,通商面では副大統領だったオバマ政権時代と比べて大きく保護主義へと舵を切り,この層へのアピールに努めてはいる。しかし,民主党の支持基盤である環境NPO等も意識して強力な温暖化対策と融合させているために,トランプ支持層切崩しとしては機能しておらず,世論調査における党派別の断絶に改善の兆しは見られない。また,問題の所在に気づいて手を打ち出したとしても,それが身近な経済・生活状況に波及し,さらに「忘れられた人々」の気持ちの在り様に波及するには,相当に時間がかかる。そこまで含めて見れば,トランプという症状を生み出した要因は,いまだ底打ちもしていない,くらいに見ておいた方が良いのかもしれない。つまりは,トランピズムはまだまだ米国民,特に分極化した半数(コアなトランプ支持層に消極的な支持層も加えた人々)にはアピールするということである。

「旧世界」に背を向ける遺伝子

 第二に,トランピズムは近年になって新たに生じてきたものというよりは,むしろ「復古」の面も大きいということである。リベラルな国際秩序を主導し国際協調を進めるという米国の姿が明確になったのは,第2次世界大戦後からのものに過ぎない。欧州の「旧世界」を嫌って「新世界」を求めた米国のDNAは,長い間,むしろ「旧世界」からは距離を置きたがっていた。実際,19〜20世紀前半にかけては,米国は課税品目に対して高関税を課す保護主義的な政策をとっており,また国際連盟加盟は米議会が批准せず,第2次世界大戦への参戦にも抵抗が強かった。それが戦後になり,大戦への反省に加えて,欧州の徹底的な疲弊による米国経済一強の余裕と,冷戦開始による西側復興の重要度アップがあって初めて,米国は自国市場開放,リベラルな国際秩序形成といった国際協調路線への強力なイニシアティブを明確にしたといえる。それがここ30年ほどは,米国経済の相対的後退と冷戦終了による緊張緩和が続き,国際協調路線を支える背景は着実に失われてきていた。それにもかかわらずグローバル化は加速した。トランプが過去の保護主義時の高関税政策に言及するなど,復古的になるのも頷けるところではある。

 なみの国家であれば,現代において交易を絞っていくなど経済的に持たない。その点,米国には十分な体力がある。米国は経済規模も人口規模も十分に大きく,人口はさらに増加しており,また資源にも不足はせず,ある程度であれば閉鎖的な国家運営をしてもそれなりに経済は回せる。面倒ごとばかり起こして米国に援助をねだったり米国企業を騙したり出し抜いたりする(トランピズム支持者にはそう見える),そんな「旧世界」には付き合っていられないと「新世界」に籠る姿もまた,米国らしさの一面であろう。トランピズムを支える国民の心象風景は決して目新しいものではなく,伝統的米国の1つの姿として根強いものがあると考えておくべきと思われる。

Nobody can stop him

 第三に,トランプが再選されれば,第1期政権時に比べてトランプ自身の自由度が格段に増す,言い換えれば,暴走しても止める人も術も無くなってきていることである。米国はかなり厳格な三権分立が敷かれているが,その三権全てでトランピズムの影響が強まっている。

 2017年,トランプが初めてホワイトハウス入りした当時は,まだ議会共和党にもマケイン上院議員のようなトランプ批判をできる有力議員が数多く存在していた。しかし,トランプは在任中のみならず落選後も議会内における影響力を増大させ続ける。他方,その間,マケインは亡くなり,トランプを批判した他の議員も,たとえばチェイニー下院議員は予備選でトランプ派に敗れて落選,もはやトランプに靡かない共和党議員は生息が難しくなってきている。2024年の議会選挙でも,トランプ派と距離の空いたギャラガー下院議員など有力議員の出馬取りやめが相次いでおり,この傾向はさらに増していく見通しである。

 司法においては,連邦最高裁判事の保守化が着実に進んだ。歴代政権も自身の党派に共鳴してくれそうな判事を選んでは来たが,トランプ以降,その色分けがより極端になるとともに,任期中に複数の判事交代が生じるという「運」もあった。2017年のトランプ大統領就任時における最高裁判事の党派別人数は,保守系3人,リベラル系4人,中立1人,欠員1人に対して,現在では,保守系6人,リベラル系3人となっている。

 トランプを止めうるという面では,行政府内,閣僚人事でもストッパーが不在になるのではと言われている。2017年の政権発足時には,政権運営が初めてということもあって,マティス国防長官やティラーソン国務長官などのトランピズムとは縁のない軍高官や財界出身者が含まれていた。今回はそうした自分に意見してくる人事をトランプは必要とはしないだろう。

苛烈化する政策運営vs経験値

 以上,3点を挙げたが,これらベースとなる部分をみれば,「もしトラ」第2期政権は第1期政権以上に苛烈な政策運営となることが予想される。これに対応を迫られる側には困難なものとなる可能性が高い。ただし,第1期政権時よりもやりやすい面もある。それは,もうすでに2017~2020年の4年間,我々はトランピズム政策に対応してきたし,バイデン政権に代わった後ですら,通商法301条といったトランプ政権の「遺産」が引き継がれてしまい,これに対応を続けているという経験値であろう。

 トランプ政権に相対する側にとっては,苛烈化する政策に経験値で対応していくという構図が予想される。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3309.html)

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