世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
お客様は魔物です
(元信州大学先鋭研究所 特任教授)
2024.02.05
「お客様は神様です」我国では故三波春夫氏の言葉を逆手に取ったお笑いグループのネタで社会に広がり,勘違いしたコンサルとマスコミにより客に迎合する「美しい日本の常識」として定着している。これが行き過ぎた結果,東京オリンピック招致活動の「オ・モ・テ・ナ・シ」になり「カスハラ」という非常識な行為が罷り通る世の中になってしまった。産業界でもBtoC,BtoBを問わずモノを製造供給する組織はサプライチェーンの下流から隷属的な位置付けを強いられ結果的に過剰品質が常識になっている。卑近な例で言うと,JALは出発時刻後に買い物や用便を開始するような非常識な客でも搭乗口に来るまで待っている場合があるが,米国の航空会社は自己都合で搭乗口に現れない乗客を置き去りにする。ECの普及によって売り買いの契約も国際基準になりつつあるが,昭和的コンサルやキー局のバラエティ番組が存在している限り「お客様は神様です」は存在し続けるだろう。
メーカーの視点では「お客様」の購買動機や意欲ということが重要になる。かつては電力や鉄鋼といった基礎産業は消費者との直接的関係は希薄であったが,環境問題やESGなど,社会すなわち「世間体」が重要になってきた。電気や水道といったインフラの場合,供給会社を気に入らないからといって使わないで済ますことは不可能であるが,様々な形で圧力を与えることが可能になった。逆にドイツのようにトヨタを潰すために政府が音頭をとってEVを推奨しても高価で充電が面倒,厳冬期には充電もままならず巨大な「文鎮」と化す商品に対してはそっぽを向くのが消費者である。いまだに一部のトレンド先取り派が,「将来はEVが主流になる」と喧伝しても各地域の発送電量を考えた場合,無茶な話というのは難しい理屈ではなく算数で判る。一旦消費者のムードが反転してしまうとその商品は市場から撤退するしかない。ドイツメルケル前首相とフォン・デア・ライエンEU委員長の詐欺的マーケティングの失敗と言っても良いだろう。
21世紀もまもなく四半世紀に達する。WEBの発達によりECが巨大市場に成長し,ゲームを含めたコンテンツ産業が20世紀とは大きく様変わりをした。最大の変化はメーカーが直接消費者へアプローチできるようになり,流通機構に変革が訪れて物流センターが重要な役割を担うようになったことである。かつてソフトバンクはフロッピーやDVDのゲームや出版物を扱う中間問屋としてスタート,同時期に光通信というパソコン用ゲームソフトを扱う会社も金融市場で注目されていた。当時はWEBダウンロードが未発達だったのでCDソフトが出版の流通ルートで配送されていた。次第にタワーレコードや蔦屋のようなソフトを扱う業態が台頭し,今やWEB経由ダウンロードが主要ベンダーになった。デジタル化可能なアイテムは金融証券も含めて伝統的な流通システムを介さず扱われる流れは止まらない。
ソフトウエアや金銭授受は電気信号なのでWEBだけで完結するのだが,WEBビジネスで躍り出たメルカリでも流通システムに依存している。工場(あるいは各個人宅)や倉庫から中間集約拠点である物流センターを経由してリテール・個別配送という伝統的なシステムである。変化したのは問屋倉庫がなくなり巨大な物流センターに集約されたことである。今後物流の効率化,共同配送の流れが増すので自動倉庫を備えた物流センターへの集約化は拡大する。2024年問題としてトラック輸送の滞りが課題と経済界やマスコミは関心を誘うニュースネタ,補助金の匂いを感じて大騒ぎしているが実態のあるモノを扱う流通ビジネスについて理解している論考や報道は少ない。災害で困ると自衛隊に出動を要請する都度に我国の物流体制の脆弱さが表面化する現実はマスコミにとってタブーの論点なのだろう。
筆者は洗剤雑貨食品の業界が長かったので流通を支配することの重要さは身に染みている。身近な例をあげると,みなさんがお住まいの家屋の電灯スイッチやコンセントはほとんどパナソニックである。LED照明が主流になる前は,蛍光灯も圧倒的に「パナルック」が店頭に置かれていた。これは松下電器産業が昭和の時代から流通を押さえてしまったので,特に個人宅の建設ではベンダーはパナソニック製品を持ってくるためである。ゼネコン扱いの建築物では日立やNEC製品を使用している場合もあるが,基本的に他の電気メーカーは松下の流通に乗せてもらわないと建材店やホームセンターの店頭に並ばなかった。最近,ドンキに行くと多様な商品が並んでいるのはメーカー在庫の直接買取手法を採用しているためである。
筆者がユニリーバに入った1980年代中頃までは,洗剤雑貨はライオンと資生堂の天下であった。第三者メーカーが参入したくても小売が商習慣や問屋とのしがらみを理由に容易に扱ってくれなかった。小売へは問屋のトラックが配送していたのでメーカーの営業は問屋との付き合いと同義であった。花王(花王石鹸)の戦略はスーパーの陳列棚を買取る,あるいは陳列棚そのものをスーパーに提供することであった。そうなると店頭の洗剤陳列棚は全て花王の商品にならざるを得ない。さらに花王は自ら販社つまり問屋を設立して自社トラックでスーパーに商品を送り届けた。従来の問屋が花王以外の商品を推薦しても店頭で置く場所が制限されたので花王の商品が自然に消費者に購入されることになった。新参であったユニリーバの英国本社の面々はスーパーの陳列棚買い占めという「技」を知らなかったので花王の戦略に苦しめられた(これは本当の話)。後発であったP&Gは米国への憧れを使ってニッチな商品で参入してきた。その代表格が紙おむつ「パンパース」である。また,女性ファション雑誌,旅行情報や情報番組を通じて米国では普通のブランドであるサッスーンのヘアケア商品を高級イメージで日本市場へ投入してきた。加えて米国で得意であった午後の奥様番組広告,いわゆるソープオペラの大量TV広告投入を使って力技で押してきた。今やライオンよりも店頭商品が多い。
グローバルで見ると洗剤雑貨はP&G,ユニリーバ,ヘンケルの寡占状態となっている。乱戦模様の中国でもこの三社は地位を築いている。例外はドイツ。ドイツは自国産のものしか買わないという変わった国民性なのでドイツが本拠地のヘンケル以外はドイツだけドイツ国内生産,別ブランドとなっている。花王やライオンが世界ブランドになれないのは各国の流通ルートに入れないからである。たとえば,インド,中東,アフリカの多くはユニリーバの牙城で,これは20世紀初頭からから営業部隊が零細小売一軒一軒に売り歩いたからと言われている。P&Gはかつてコーヒー,サラダオイル,ジュース,スナックなど食品や化粧品も多種扱っていたので大型トレーラーに自社製品一式を積んで大型スーパーに配送という方法で大型スーパー・ドラッグに攻め込んでいた。ユニリーバは米国でも商品群ごとに別々扱っていた(KnorrやDoveを購入していた方も多いと思う)ので少々負けていた。
ビジネスは商品が流通し,お金が廻ることによって成長していく。政治形態によらず消費者の動向が最終的な決め手になる。経済動体を見る上でもCPIや消費者信頼感指数は重要指標であることは言うまでもない。マクロ的に見れば個々の商品の出来不出来は誤差範囲と捉えるのが経済学的なのかと筆者は感じているが,自動車や食品のようにGDPの増減に影響する商品の趨勢は消費者が受け入れるか否かにかかっている。商品力よりもインフルエンサーとWEBの「口コミ」が大きな影響力を持つようになり,従来の消費者モニター方法はオワコンになったので菓子パン生地の高級生食パンやバカ高いクリスマスケーキが大手を振ってまかり通る。行動経済学の研究範疇であろうが学者や専門家が考える合理的アプローチでは理解不可能な行動をとるのが消費者である。お客様は神様ではなく魔物であるという項目を取り入れるべきだろう。
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