世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3211
世界経済評論IMPACT No.3211

米に復縁迫る中国:試される主席の本気度

遊川和郎

(亜細亜大学アジア研究所 教授)

2023.12.04

 先月,1年ぶりに行われたサンフランシスコでの米中首脳会談についてはすでに多くの論評がなされている。特段の反論があるわけではないが,中国側の事情を基にもう少し掘り下げて考えてみたい。

 9月のG20を欠席した習近平主席がAPECにサンフランシスコにまで赴いたのはなぜか。異変は9月20日の『人民日報』一面トップに始まった。習主席が12日付で米国フライングタイガース(飛虎隊)元兵士に書簡(返書)を送ったというのである。飛虎隊は日中戦争中に中国(国民党)を支援した米国の義勇軍であるが,このような報道に政治的意図が隠されていないわけがない。同月9~10日のG20を欠席した習主席だが,16~17日に王毅政治局委員兼外交部長がマルタでサリバン大統領補佐官(国家安全保障担当)と12時間にわたり会談,18日に韓正国家副主席がニューヨークでブリンケン国務長官と接触したことと無関係ではないだろう。

 10月にはアップルのティム・クックCEOやブラックストーンのシュワルツマンCEOら米国企業の首脳が相次いで訪中し,指導部要人が手厚くもてなした(19日)。習主席のお手紙作戦も続く。「欧美同学会成立110周年」(21日),米国の民間団体「米中関係全国委員会」の年次ディナー(25日)に相次いで祝賀メッセージを寄せた。25日は人民大会堂で訪中した米カリフォルニア州のニューサム知事と会談。習主席が米国の州知事と会うのは極めてまれなことである。

 11月に入り,蘇州市で開催された米中友好都市大会にも習主席はメッセージを送り,「米中関係の土台は民間にあり,力の源泉は国民の友好にある」と重ねて民間交流の重要性を強調した(3日)。10日に習主席の訪米と米中首脳会談が発表されたが,同日には米国フィラデルフィア管弦楽団が訪中50周年を記念するコンサートを北京で開催した。同楽団の訪中初公演は1973年9月だが,当時の周恩来首相が米中関係改善機運を高めるために仕組んだ舞台装置だ。訪中公演は以来12回目となるが,中央宣伝部の李書磊部長が習主席の楽団総裁に宛てた返書を代読した。50年前の初公演は米中文化交流の「氷を砕く旅」だったと持ち上げた。

 それにしても,まるで半世紀前のピンポン外交や『中国の赤い星』の作者エドガー・スノーの国慶節招待を思い起こさせる伝統的な手法ではないか。文化やスポーツ,ビジネスなど民間ではこれだけ心を通じ合って交流を望んでいるのに国同士がなぜ? と復縁を迫るやり方だ。

 そして今回の訪米で最大のハイライトは,首脳会談が終わりバイデン大統領に見送られて向かった友好団体連合共催(米中関係全国委員会,米中貿易全国委員会,亜洲協会,米国対外関係委員会,米国商会他)の歓迎会における主席のスピーチだった。サンフランシスコと中国人労働者,チャイナタウンの縁に始まり,国連憲章,飛虎隊など米中の平和を求める絆を強調,そして「米中は一体ライバルなのかパートナーなのか?」と問いかけた。「もし相手を主要なライバル,最も重大な地政学的挑戦,迫りくる脅威だとみなすなら必ず政策を誤り,誤った行動をとり誤った結果をもたらす。中国は米国のパートナーであり友人であることを望んでいる」と述べたのだった。

 友好団体相手のレセプションとはいえ,これまでの挑発的な言動から一変して急によりを戻そうとしてきたのである。今後5年に5万人の米国青少年招聘,さらにはパンダの新たな貸与まで持ち出した。1972年の日中国交正常化では友好の使者としてパンダのランランとカンカンを日本に贈り,1983年には胡耀邦総書記が訪日,翌年3000人の日本の若者を中国各地に招待したのを思い起こさせる古典的なパフォーマンスではないか。

 対日関係にも変化がみられる。外交部が「新時代中国の周辺外交政策展望」と題する文書を発表(10月25日)。同テーマを焦点とした文書は初という触れ込みだが,その中で「周辺28カ国,ASEANと多様で内容豊富なパートナー関係,協力関係あるいは戦略互恵関係を結んでいる」としてその中には日本も列挙された。ちなみに「戦略互恵関係」という表現は日本以外には使用されていないものである。

 習主席は昨年の党大会で「中国式現代化」を強調し,今年に入っても「韜光養晦」と訣別するような強気な言動を繰り返していた。それがこの夏を経て突然の「べた下り」なのは一体何があったのか。2023年に入って,韓国とフィリピンが米国陣営に入りアジア太平洋地域での構図が変わった。「関与から抑止」に転じた周辺環境の厳しさを実感し,安定した対外関係を欲する状況になっているのか。鳴り物入りで開催した10月の一帯一路フォーラムに参加した首脳の寂しい顔ぶれも堪えたかもしれない。この変化は習主席自らの考え方なのか,あるいは主席が党内で何らかの譲歩を迫られた結果なのか,わからない。復縁話が成就するのか引き続き注視が必要だ。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3211.html)

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