世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3755
世界経済評論IMPACT No.3755

「杭州六小龍」に沸く中国:地方の創意工夫が促す活力

遊川和郎

(亜細亜大学アジア研究所 教授)

2025.03.10

 昨年9月末以来,金融緩和や財政投入,株価対策,不動産市況低迷への対処,消費活性化など相次いで景気のテコ入れ策を打ち出している中国政府だが,今度は「民営企業座談会」(2月17日)である。著名な民営企業家14人を習近平主席の前に並ばせて民営企業重視の姿勢をアピールする。習主席は,「2つのいささかも揺るがず」という常套句を持ち出しながら,民営企業と同企業家を「常に身内と見なしている」と強調した。「2つのいささかも揺るがず」というのは,公有制経済(国有企業)と非公有制経済(民営企業)はともに社会主義市場経済の重要な構成要素であるという玉虫色の表現であり,その時々で真の狙いは微妙に異なるが,今回はここ数年の風向きの中で委縮している民営企業に安心感を与えようという狙いであることは明らかだ。所詮は政権の意向と関係なく発展するのは無理ということだが,風向きの変化を告げるアナウンス効果はあったと言ってよい。

 習主席の逆鱗に触れたと見られていた阿里巴巴(アリババ)の馬雲(ジャック・マー)氏が今回の座談会に出席していたことがその象徴である。数年前まで羽振りの良かった不動産関連企業の姿はなく,華為(通信機器)を筆頭にBYD(EV車),小米(スマホ),騰訊(ネット大手)創業者などの大物が並ぶ。その中で馬雲氏と同じく記事には名前が明記されていないが映像で確認されたのが深度求索(ディープシーク)創業者の梁文鋒氏(1985年生まれ,広東省出身)である。梁氏は1月20日に李強首相が主宰した座談会に出席したばかりだったが(この時には記事に名前も掲載),今度は習主席にも呼ばれた。政権の広告塔としていかに重宝されているか見て取れる。

 この数週間,中国国内の報道では,「杭州六小龍」の見出しが躍る。六小龍(6ドラゴン)とは,ディープシークの他,宇樹科技(ユニツリー),遊戯科学(ゲームサイエンス),強脳科技(BrainCo),群核科技(Manycore Tech),雲深処科技(DEEP Robotics)という浙江省杭州市で起業あるいは拠点を持つ今を時めくテック企業のことである。ユニツリーは1990年生まれの王興興が2016年に創業した四足ロボットの開発・製造企業で,旧暦大みそか恒例のTV番組で披露した「秧BOT」で広くその名を知られるようになり,上述の民営企業座談会にも出席,発言を求められた(「[2025央视春晚]创意融合舞蹈《秧BOT》表演:杭州宇树科技 新疆艺术学院(字幕版)」)。ゲームサイエンスが開発,昨年発表したアクションRPG(ロールプレイングゲーム)「黒神話:悟空」は海外でも大ヒット。BrainCoは脳コンピュータ・インターフェースの分野でイーロン・マスクのNeuralinkと先頭を競う。2023年に杭州で開催のアジアパラ大会開会式では,同社開発のAI搭載義手を装着したパラアスリートが聖火の点火を務めたことでも注目された。

 ディープシークの大ブレイクでこうした先端企業が一気に注目を集めることになったのだが,さらに「なぜ杭州市(浙江省)なのか?」にも関心が向けられている。浙江省は元々,「温州モデル」という言葉があるように,個人で事業を立ち上げた零細民営企業の旺盛な活動で有名な土地柄だが,こうしたスタートアップ企業の躍進は政府,企業,大学・研究機関がそれぞれの役割を遂行し,その連携がうまくいっている結果,と中国メディアは称賛している。

 政府が将来を見据えた適切な政策指針を示し(例えば浙江省政府は2017年に国内で初めて「ロボット+」行動計画を策定),人材や用地の確保,開発や創業資金の支援を積極的に行うという。「第一財経」の集計によれば,浙江省の科学技術支出(2024年)は887億元(前年比約15%増)で,広東省(884億元)を僅差で抜いて全国一となった(以下江蘇,上海,北京)。杭州市傘下のイノベーション基金がテック企業の育成に携わっているという。前述の梁氏が卒業した浙江大学はQS大学ランキング2025で北京,復旦,清華に次ぐ中国第4位,2018年に中国初のAI専攻学部を設立した(ディープシークのアルゴリズムエンジニアの40%が同専攻出身)。ゲームサイエンスは元々深圳で起業したが,杭州に移って「黒神話:悟空」を完成させたように,環境良好で広東よりも生活コストが安いことも自慢のようだ。

 目下の成功例として多分に誇張されている面もあるが,政治の風向きはいろいろあるものの,経済発展を競う地方の創意工夫が中国経済の活力の源泉になっているといってよい。企業家魂はもちろん重要ではあるものの,こうしたテクノロジー企業が誕生するには資金面も含めた行政のサポートは欠かせない。「無事不擾,有求必応(必要なければ邪魔はしない,求めがあれば必ず応える)」が政府の合言葉という。当面,景気の低迷は続くがこうした企業が出てくる土壌が健在であることは留意しておいた方がよいだろう。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3755.html)

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