世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
自然,文化,そして不平等
(北星学園大学 名誉教授)
2023.08.28
トマ・ピケティは世界的ベストセラー「21世紀の資本」を書き,現代資本主義の課題と次代への展望を示した。彼の業績は,現代資本主義の基礎となる18世紀の新しい経済社会の基本としての資本主義を「国富論」で明らかにしたアダム・スミスと対峙するべき存在である。アダム・スミスは,長い中世時代に,絶対的権力を持って支配してきた貴族や封建領主支配から,資本主義社会は国民一人一人に富の解放を約束する社会だと説いた,ルネッサンス時代の幕開けを宣言するものであった。又生産と消費における分業により,神の見えざる手によって導かれる豊かな経済社会の実現を可能にするのが市場資本主義の最も重要な特性であるとも説いた。スミスの思想は,広く新時代の国民大衆に受け入れられ,その後の世界的経済社会の進歩に大きく貢献した。
しかし,この300年に及ぶ資本主義の歴史的発段階は,トマ・ピケティが鮮やかに示したように,20世紀をもって終焉を迎えようとしているのではないか。いうまでもなくその最大の問題は,格差の拡大である。その格差拡大の特徴は経済力格差の拡大である。これはマルクスが描いた資本家対労働者の階級格差論と大きく異なる。つまり,労働力は人口に依存するが21世紀に入り,世界的に少子化が進み,結局人口の増加率の大幅な減少が明白になった。他方で資本収益率は歴史的にみてほぼ一定であるから,労働分配率を低下させる。これは資本家と労働者の格差を生み出すだけでなく,伝統的に資本を蓄積してきた資本家とそれを十分なしえていない資本家の資本家同士の経済力格差を拡大させる。こうした現象は事実上既に明白に進行しているが,人口減少による経済成長率の低下とともに世界的に資本家階級間の格差は大きくなっていくという論理にひとつの特徴がある。ピケティは,こうした資本格差拡大による闘争は今後ますます深まり,世界的紛争の最大課題となるから,今すぐ国際的資本税などを創設して紛争を抑止しなければならないという提案をする。こうした主張や理論に対して専門家の中でも異議を唱える人がかなりいるが,ピケティは彼の専門とする精密な統計的分析から生まれた結果だと説明しており,少しも意に介さない。むしろ秘密主義で実態を多数隠蔽している可能性のある世界の金融機関の情報開示,透明性をまず進めるべきだと主張する。実際のところ,ピケティの実証的分析の上に立った理論や政策を上回る資本格差論に匹敵するものは見当たらない中で,筆者はピケティの主張にほとんど賛意を抱いている。だが,ピケティの21世紀資本主義論の新たな世界を示した膨大な本書,そしてこれらは世界の経済構造の基本問題に焦点を当てたものであるが,これらの問題を発生させた要因,またそれが及ぼす世界的変化,それは人類の存亡を招く大きなエリアにまたがる問題にほとんど触れていない。例えば人的資源の開発をめぐる秘術革新問題,あるいは地球の土台を解明する環境問題,例えば土地問題のような卑近な問題にも触れていない。本書の中に「これらの問題はあるけれど」というような一見無関心を装うような言葉が語られているだけである。承知のように,近年はさらに大きな問題を抱えるようになった。すなわち,人口成長が著しく伸び悩む中で地球資源は市場競争による乱獲によって枯渇しはじめ,地球環境を悪化させ,未来の人類の生存の危機が懸念される事態を招くに至った。このような21世紀資本主義の現実は,これまでの市場主義資本主義経済が明らかに限界を迎えたことを物語っている。このような中で,ピケティをはじめとする現代の経済社会の専門家は,この行き止まりが一段と深まる市場資本主義を本質的に打開する新たな資本主義世界の創造の提案を強く主張しなければならない。ピケティの「21世紀の資本」のメイン・テーマは市場資本主義の富の分配の不公正拡大の分析とその阻止のための卓越した研究であるが,これに伴う分析と政策提案が極めて限られすぎている。これは勿論すべてピケティの責任ではないが,例えば経済学のみならず多くの分野の専門家の協働研究,作業によってこの困難な21世紀以降を乗り切っていく方策を打ち出さなければならないのは今である。さすれば「21世紀の資本」に続いて出版される「自然,文化,そして不平等」は前作に続く現状資本主義の続編のテーマとしてこれほど期待して読みたいものはない。
早速この書を手に取ってみたが,まだこの新刊は「21世紀の資本」に比べはるかに小さな版であり,それよりもはるかにコアの部分とみなされかねないものになっているように見える。出版途上で恐縮だが,「自然,文化,そして不平等」とそれに続く新たな研究書が生まれる事が,これからの世界に不可欠だと認識し,21世紀の資本をはるかに上わる優れた提言によって世界を興奮の渦に再び巻き込んでもらいたい。
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