世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3050
世界経済評論IMPACT No.3050

人口減少下における地方銀行の新たな役割

伊鹿倉正司

(東北学院大学 教授)

2023.07.31

 2022年の出生数は7年連続で減少し,約77万人と初めて80万人を下回った。東京都に次いで合計特殊出生率が低い宮城県に所在する私立大学教員からすれば,今後一層の受験者数の減少は火を見るよりも明らかであり,無事に住宅ローンを返済できるかどうか不安が募るばかりである。

 さて些細な私事は捨て置き,いわゆる「人口転換モデル」でいうところの少産少死から少産中死(第二の人口転換)へのステージ移行を背景とする人口減少は,わが国経済の供給面と需要面の双方にマイナスの影響を与え,中長期的な経済成長を阻害する可能性がある。

 国内経済を供給面からみた場合,経済成長の要因は,①労働投入,②資本投入,③TFP(全要素生産性)に分解できるが,人口減少(特に生産年齢人口の減少)は労働投入量の減少をもたらすことは自明であろう。また,人口減少は国内市場が縮小するとの懸念から企業の成長期待を低下させ,資本蓄積(設備投資による資本ストックの積み上げ)にもマイナスの影響を与えるとされる

 一方,国内経済を需要面からみた場合,人口減少は医療・介護サービスなどの一部の分野で国内需要を拡大させる(高齢化の進展により)一方,多くの分野で国内需要の縮小要因となる。また,人口減少は,社会的に必要な住宅投資やインフラ投資の水準を変化させ,需要面からも資本蓄積にマイナスの影響を与える可能性がある。

 人口減少下において中長期的な経済成長を実現するには,特に生産性向上が不可欠とされる。生産性に影響を与える要因としては,①イノベーション,②人的資本投資,③産業集積,④企業の参入・退出などが挙げられるが,その中で特に重要なのはイノベーションの創出であろう。

 「イノベーションの父」と呼ばれるシュンペーターは,イノベーションを,「新規の,もしくは,既存の知識,資源,設備などの新しい結合(新結合)」と定義した。この「新結合」には,①革新的な製品・サービスの開発(=プロダクト・イノベーション),②製品やサービスの製造・流通プロセスの革新(=プロセス・イノベーション),③新しい市場の開拓(=マーケット・イノベーション),④原材料・供給源・流通系の革新(=サプライチェーン・イノベーション),⑤新しい組織の実現(=組織イノベーション)といった5つの類型からなることはよく知られている。

 一般的にイノベーション活動の主な担い手は大企業であるが,社会の複雑性や予測困難性が高まる中で,新たな技術を機動的に新規事業につなげる中小企業によるイノベーション活動の重要性が高まっている。

 しかしながら,中小企業自身もインベージョン活動の必要性を認識しつつも,イノベーション活動のためのヒト・モノ・カネ・情報のいずれもが不足していることにより,実際にイノベーション活動に取り組めている中小企業は限定的である。そうしたことから,中小企業に対するイノベーション支援が求められるが,その支援の担い手として地方銀行に期待をしたい。

 近年,銀行法や金融庁の監督指針の改正により,地方銀行の業務範囲は拡大の一途とたどっている。最近では2021年5月の銀行法改正により,非上場の地域活性化事業会社への100%出資が可能になったり,銀行本体によるデジタル分析業務やデジタルマーケティング業務が認められたりするなど,伝統的な金融業務(預金・貸出・為替)以外の非金融業務に各銀行は積極的に取り組んでいる。

 地方銀行の非金融業務は,現時点で必ずしも銀行の収益拡大に大きく貢献しているわけではなく,また,経済学に基づく銀行理論から銀行固有の機能として支持されているわけでもないが,先述の5つのイノベーションを促進する役割を果たしていると考えられる。

  • プロダクト・イノベーション
  •  創業・第二創業支援,産学連携支援,知的財産に関する支援など
  • プロセス・イノベーション
  •  業務効率化(IT化,デジタル化)支援など
  • マーケット・イノベーション
  •  ビジネスマッチング,地域商社を通じた販路開拓,海外進出支援など
  • サプライチェーン・イノベーション
  •  ビジネスマッチングなど
  • 組織イノベーション
  •  M&A支援,組織再編・事業承継支援,人材確保支援など

 中小企業と同様,地方銀行もイノベーション支援のためのヒト・モノ・カネ・情報のいずれもが不足している状況ではあるが,同業種や他業種との連携をより強めることで銀行を超えた役割を担うことを期待したい。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3050.html)

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