世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3520
世界経済評論IMPACT No.3520

わが国の金融リテラシー向上に向けた課題と展望

伊鹿倉正司

(東北学院大学 教授)

2024.08.12

 2024年4月の金融経済教育推進機構の発足により,わが国の金融リテラシー向上に向けた取り組みは新たな一歩を踏み出したといえる。しかしながら,OECDの国際成人能力調査(PIAAC)などからも明らかなように,わが国の国民の多くは,金融に関する知識,態度,スキルにおいて,他の先進国に比べて遅れを取っている。特に,「インフレ」「複利」「分散投資」といった基本的な概念の理解が不足しており,その結果,適切な金融判断を下すことが困難な状況にある。

 加えて,以下のような課題も存在している。

 1つは世代間格差である。特に若年層は,デジタルネイティブ世代であるがゆえに,スマートフォンやSNSを通じて情報収集を行うため,従来の講義形式の教育よりもインタラクティブな学習を好む傾向がある。そのため,従来の金融教育の枠組みでは対応しきれない,新たな金融サービスや投資ツールを使いこなし,将来の資産形成の関心は高いものの,基礎的な金融知識が不足しているという課題を抱えている。一方,高齢者層は貯蓄や年金に関する知識は豊富であるが,投資や金融商品に関する知識が不足している。

 加えて,地域間格差も深刻な課題の1つである。一般的に,金融に関する専門知識を持つ人が都市部に集中しているため,地方部では金融教育を行う講師の確保が難しく,金融広報中央委員会が実施している金融リテラシー調査でも明らかなように,地方では都市部に比べて金融リテラシーが低い傾向にある。

 これらの課題を解決するためには,以下の取り組みが不可欠と考える。

 1つ目は学校教育の更なる充実である。現行の学習指導要領においては金融経済教育の重要性が認識され,その内容は従前より拡充されているが,実践的な金融知識やスキルの習得には更なる工夫が求められる。例えば,シミュレーションやロールプレイングなどのアクティブ・ラーニングを取り入れることで,生徒が主体的に学び,金融に関する意思決定能力の涵養が必要であろう。加えて,金融機関との連携を強化し,インターンシップや職場体験学習の機会を設け,金融を身近に感じられるような環境づくりも重要である。

 2つ目は生涯学習の推進である。金融教育は学校教育の段階にとどまることなく,社会人になってからも継続的に行われるべきである。金融機関,NPO,自治体などが連携し,多様な学習ニーズに対応したプログラムを提供することが求められる。特にデジタル化が進む現代社会においては,オンライン学習やマイクロラーニングなど,柔軟な学習形態の導入や,地域住民が主体的に参加できる金融教育プログラムの開発も重要である。

 最後3つ目は社会的な機運醸成である。従来のマスコミによる情報発信に加え,SNSや動画プラットフォームといったデジタルメディアを活用することで,より広範囲かつ多様な層に金融教育に関する情報を提供することが求められる。さらに,金融リテラシーに関する研究成果を一般向けに分かりやすく発信することで,社会全体の理解を深め,金融リテラシー向上に向けた機運を醸成することが重要であろう。

 金融リテラシーの向上は,個人の経済的な自立を促すだけでなく,社会全体の経済的な安定にも貢献する。金融経済教育推進機構は,政府,民間企業,教育機関,そして国民が一丸となって,金融リテラシー向上に取り組むためのハブとなることが期待される。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3520.html)

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