世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
閉塞打破 ソーシャル革命
(東北学院大学 教授)
2025.02.03
日本経済は今,大きな転換点を迎えている。バブル崩壊以降の長期的な低成長,少子高齢化による労働人口の減少,そして,激化する国際競争。現状維持のままでは,先細りとなることは明らかだ。しかし,そのような閉塞感漂う現代日本において,一筋の光明となり得るのが,「ソーシャルスタートアップ」の存在である。彼らは,社会課題の解決を事業目的とし,持続可能な成長を目指す,いわば停滞する日本経済に風穴を開ける,新たな挑戦者たちと言えるだろう。
近年,このソーシャルスタートアップの台頭が,各界で熱い注目を集めている。社会課題の解決を「金儲け」の手段と捉えるのではなく,事業の「ど真ん中」に据えるソーシャルスタートアップの真価が,今,改めて評価され始めている。彼らが対象とする社会課題は,実に幅広い。貧困,教育格差,環境破壊,地方の過疎化,高齢化に伴う諸問題など,従来の行政やNPO,大企業では対応しきれなかった,複雑かつ根深い問題ばかりである。ソーシャルスタートアップは,これらの社会課題に対し,ビジネスの手法でアプローチする。つまり,社会貢献を「コスト」ではなく「投資」と捉え,課題解決そのものを「成長のエンジン」とする,従来とは全く異なる発想で事業を展開しているのだ。
例えば,岩手県盛岡市に本社を構える株式会社ヘラルボニーは,「異彩を,放て。」をミッションに掲げ,知的障がいのあるアーティストのデザインを生かして,ネクタイ,傘,バッグなどのさまざまな商品を作り,世の中に根強く残る「障がい」への否定的なイメージを変えることを目指している。他にも,フードロス問題の解決,フェアトレードの推進,障害者雇用,マイノリティ支援など,その活動は多岐にわたり,枚挙に暇がない。
ここで重要なのは,彼らが社会課題の解決と経済的利益を,トレードオフの関係ではなく,トレードオンの関係,つまり,両立可能なものとして捉えている点である。これは,従来の資本主義の常識を覆す,革新的なパラダイムシフトと言えるだろう。彼らは,社会課題解決のプロセスで培った技術やノウハウ,ネットワークを,新たな事業展開に活かし,持続的な成長モデルを構築している。
しかし,日本のソーシャルスタートアップを取り巻く環境は,まだ発展途上と言わざるを得ない。例えば,彼らの活動を資金面で支えるソーシャルファイナンスの分野では,欧米諸国に大きく遅れをとっている。確かに,近年はソーシャルローンやESG投資といった言葉を,メディアで目にする機会も増えた。しかし,その実態は,未だ一部の先進的な金融機関の取り組みに留まっているのが現状だ。多くの金融機関では,ソーシャルスタートアップへの融資は,依然としてハードルが高い。「前例がない」「リスクが高い」といった理由で,融資を断られるケースも少なくない。
この状況を打破するためには,ソーシャルスタートアップの「信用力」をいかに高めるかが,重要な鍵となる。そのためには,彼らの事業の社会的インパクト,つまり,どれだけ社会課題の解決に貢献したかを,客観的に評価する「ものさし」が必要である。現在,様々なインパクト測定の手法が開発されているが,残念ながら,統一的な基準はまだ存在しない。この「ものさし」が確立されれば,金融機関もソーシャルスタートアップへの融資に,より積極的に取り組むことができるようになるだろう。
さらに,ソーシャルスタートアップが,そのポテンシャルを最大限に発揮するためには,彼らを支援するエコシステムの構築が急務である。具体的には,アクセラレーターやインキュベーターといった支援機関の拡充,エンジェル投資家やベンチャーキャピタルの育成,そして,大企業とのオープンイノベーションの推進など,多面的なアプローチが求められる。
ソーシャルスタートアップの挑戦は,日本経済の新たな成長モデルを示唆している。彼らの活躍は,我々に,経済成長と社会課題解決が両立し得ることを証明し,資本主義の新たな地平を切り開く可能性を秘めている。我々は,この新しい潮流を,単なる「流行」として傍観するのではなく,自らのビジネスやキャリアにどう取り込むかを,真剣に考えていただきたい。ソーシャルスタートアップとの協業,彼らのビジネスモデルの研究,あるいは,自らの仕事に「ソーシャル」の視点を加えること。その一つひとつの行動が,閉塞感漂う日本社会に,新たな風を吹き込む,大きな力となるに違いない。ソーシャルスタートアップの挑戦は,まだ始まったばかりである。彼らの未来,そして,日本社会の未来を,我々一人ひとりが,当事者意識を持って,見守り,そして,積極的に関与していくことが,今,強く求められているのである。
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