世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
パリ郊外暴動:政治・警察の責任と都市の社会階層序列
(国際貿易投資研究所 客員研究員・元帝京大学 教授)
2023.07.17
大都市郊外と都心部にも飛び火した大規模暴動は,年金ストの後始末が終わらないうちにフランスを新たな危機に陥れている。暴動の背景にあるものは何か。背景に見えてくる経済社会構造の変容は何か。マクロン政権に与える影響は何か。
2023年6月27日パリ西北部郊外ナンテールでの警官の発砲による青年ナヘル・Mの死亡とそれに伴う暴動は何故,発生したのであろうか。世界の大都市における暴動として,1992年のロスアンジェルス,2005年のパリ・クリシー,2011年のロンドンなどで経験した以上の規模にも匹敵する今回のナンテール暴動は,その怒りが一週間以上にもわたって拡大し続け,年金改革法案の最終決着と政権第2期における内閣改造を目論んでいたマクロン大統領に打撃となった。夏のバカンスシーズンへの影響ばかりかマクロン大統領のドイツ訪問とシュルツ首相との会談の中止など,外交を含めた政局運営にも影を落としている。
まず第1に,警官隊に身の危険が無い時でも,尋問に従わないという理由だけで発砲できるとした法律を制定した政治の責任は問われなくていいのかという点である。未成年の父母養育責任論,社会SNS等メディアの過激な報道,警官隊の行動だけを非難するだけで当局の責任は問われなくてもいいのか。最近でも多くの若者の行為を「デシビリザシオン」(décivilisation),すなわち野蛮で公共精神に欠け,社会に「有害」と言い切り,「それに対峙する戦い」と植民支配時代のような言い回しをしたのはマクロン大統領である。郊外の青少年たちが日常生活のなかでいかに不安と恐怖や恥辱を味わっているのか。身元調べの時差別の激しさは常態化し,民主主義的な価値観への信頼の崩壊に繋がっている。平静にという当局の声は若者たちには聞き入れられていない。2017年,オランド政権下のカザヌーブ首相は,警察と治安部隊の兵器使用ルールを合わせて緩和しようとした。
2005年の暴動はパリ郊外クリシー・ス・ブワにおける2人の青年の死亡から始まった。治安維持隊と若者との3週間にわたる衝突,戒厳令の発動,関連法案の制定,それから20年,警官の発砲による17歳のナヘル・Mの死亡をきっかけにフランスの主要大都市で暴動が発生した。セバスチアン・ロシェCNRS(国立科学研究センター)研究所所長は治安維持強化政策が暴力の悪循環を醸成していると指摘する。警官隊の行動は共和国の原則を揺るがすものだ。警官による暴力を阻止するための改革と命令不服従に関する発砲権限を盛った2017年法を廃止することが必要としている。暴力そのものを警官隊が正当化するような行為は国家にとり有害である。民主主義の国家は社会的な首尾一貫性を守るために平等原則が貫徹されなければならない。しかし警官隊の考えには移民を排斥し,本来,法が禁止するような差別的行動も許容されるなかで,法の前の平等原則は蝕まれている。パリ首都圏のイル・ド・フランス州議会は学校,警察,公共交通などの体制強化に2000万ユーロの特別予算を拠出するとした。カザヌーヴ法第535条第1項の改廃を野党は要求する。警察の発砲件数は2017年以降それまでの5倍に増えた。その理由は,共和国の原則に悖る2017年法を警官が行動のよりどころにしているためだ。そこには職業倫理の欠如,差別と警察暴力にたいする放任と甘やかし,警察行政を変革しようとする意識の欠如,監督やフォローや評価の制度が不在という政治のゆるみがある。マクロン「改革」の目玉のひとつだった2020年の「治安警察の暴力についての大改革」は大きく後退した。
第2は,3年以上続いたコロナ・パンデミックを経て,大都市圏,田園都市,中都市,農村部,の内部の序列関係と格差がさらに拡大し変容してしまったことが,暴動の加速と激化につながったとする意見が多い。その代表格はあの「21世紀の資本」の著者,トマ・ピケティである。ピケティは「今や都市郊外は想像以上に見捨てられた場末や過疎の農村部との共通点の多い所なってしまった」と言う。「国民運動」大統領候補(RN)のルペンは移民系の多い「破壊暴力」集団と不平不満の言えないフランス人国民の対峙という構図のなかで「白人」フランス人社会が蚕食されていると指摘する。2022年の大統領選挙でも右派保守系のゼンムールとルペンらは都市社会政策の数10億ユーロという巨額予算を行き過ぎだと批判し続け,いかにそれ以外のフランスが見捨てられてきたかと攻撃する。ルペンはこれまでの都市行政に代わって「偉大な」農村部政策実行を唱っている。フランスの農村部自治体連合会(AMRM)はこのような哀れで狭隘な見方を嘆き,地方行政における不毛な地域間の争いを遺憾であるとしている。実態はどうか。保守リベラル系モンテーニュ研究所によれば,2020年,都市部の貧困地域が予算上,秀でて優遇されているという考えはあり得ないと反論している。ジレジョーヌ運動の危機以来,政策の重点は,商店街支援,公共サービスの提供,山間部の特別対策支援などに向かっていると。
都市間ネットワークの情報通信と輸送技術の発展は地理空間として離れた都市と都市を競争優位のある「近隣関係」として連結させてしまった。その結果,中核都市ネットワークの合間に散在する中小都市や農村部は取り残され孤立するようになった。「死角」のように見えなくなり,群島のように拡がる都市の膨張をモンガンは「都市が消滅した」(O.Mongin)とさえ表現した。そこでは都市と都市とのヒエラルキー序列が機能の特化や分業を通じて都市相互間の繋がりと権力の分担という形で進行しつつあった。国民国家を離れ欧州連合というひとつの経済空間として購買力平価による一人当たりGDPを眺めると国別にまだ格差はあるものの各国内部の地域格差がより一層顕著であることが分かる。貧しく治安の悪い郊外の様子は2022年ノーベル文学賞に輝いたアニ・エルノの自伝小説「歳月」(Les années)に詳しい。
[参考]
- Thomas Piketty, « La France face à ses fractures territoriales », le Monde La Chronique 2023, « Macron et la réforme de la ploice, l’impossible débat », Claire Gatinois , Ivanne Trippenbach, le Monde 2023
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