世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3011
世界経済評論IMPACT No.3011

日ASEANは今こそ自由貿易を通じた「デリスキング」を

助川成也

(泰日工業大学 客員教授・国士舘大学政経学部 教授)

2023.06.26

 日ASEAN対話の開始から50年,日本とASEANは相互依存を深化させてきた。その間,ASEANは貿易自由化を経済統合へ昇華させ,貧困から脱却した。米中対立が深刻化する中,日本とASEANは自由貿易の旗を高く掲げることで「デリスキング」に取り組むべきである。

直接投資が繋ぐ相互依存関係

 2023年は日本と東南アジア諸国連合(ASEAN)との対話開始から50年の節目の年である。その間,日本とASEANとは相互依存関係を深化させてきた。世界経済におけるASEANの比重は3.6%に過ぎないが,日本の全海外現地法人のうち3割がASEANに拠点を置く。日本は経済的位置付け以上にASEANに資本を投下してきた。

 ASEANの成長の源泉は,外国直接投資を動因とする工業化,そして輸出である。進出日系企業はASEAN市民として輸出の一翼を担う。幾つかのASEAN加盟国は,外国企業による輸出額を公表している。実質的にASEAN最大の輸出国ベトナムでは,総輸出額の約73%が外資系企業によるものである(2021年)。一方,タイでも総輸出額の74%が外国資本によるもの。タイ投資委員会(BOI)によれば,プラザ合意の1985年以降2022年までの累計外国直接投資額および件数の約4割が日本であり,日系企業がタイの輸出に相当程度貢献している。

 これら在ASEAN日系企業は投資収益を日本に還元する形で日本経済にも貢献している。日本にとってASEANは,米国に次ぐ投資収益の源泉として,日本の経常収支黒字に寄与している。

ASEANはグローバルサウスのモデル

 日本企業がASEANを有望な進出先と見てきた背景には,安価で豊富な労働力の存在もあるが,域内の貿易自由化を推し進め,更にASEAN経済共同体(AEC)へと昇華させるなど,常に自由貿易を追い求める姿勢とも無関係ではない。

 2010年代後半以降,FTAなど自由貿易は所得格差を拡大させるといった不安・不満の声が高まり,逆風にさらされてきた。一部には先進国を中心に「貿易協定疲れ」も見られるようになった。この中においても,ASEANは地域的な包括的経済連携協定(RCEP)を推進,まとめ上げ,またASEAN+1FTAのアップグレードに取り組んでいる。更に経済格差を抱える多様なASEANが,自由貿易と経済統合を通じて,加盟国の多くが貧困から脱したことは,多くの国々に勇気を与えている。

分断する世界での日本とASEAN

 現在,世界の二大大国であり,またASEANの主要貿易国の米国と中国との相互不信がエスカレート,貿易・投資の制約による経済交流の減少,技術の分断など,デカップリングが懸念されている。

 米発案のインド太平洋経済枠組み(IPEF)では,同盟国や友好国による「フレンドショアリング」が検討されている。IPEFにはASEANから7カ国が参加している。5月に広島で開催されたG7サミットでは,「経済的強靭性及び経済安全保障に関するG7首脳声明」が採択され,中国を念頭に置きながら,「強靭なサプライチェーンの構築」,「経済的威圧への対処」の重要性が確認された。

 また戦略的重要物資については,その生産に補助金を供出し国内に囲い込む動きが出ている。この場合,一定規模の内需が期待でき,かつ補助金措置を講じることが出来る大国に企業の投資が偏り,ASEANの経済成長に影響を与えかねない。

 シンガポールの次期首相と目されているローレンス・ウォン副首相兼財務相は5月の日経「アジアの未来」で,「アジアは統合から恩恵を受け,貧困から脱却してきた。世界が競合するブロックに分断されれば,途上国が先進国に近づくことはより難しくなる」と現状を憂いた。ASEANのサプライチェーンには,既に中国がその奥深くにまで組み込まれている。ASEANにとって中国は,22年で輸出の15%,輸入の23%を担う最大の貿易相手国であり,供給網の抜本的見直しは現実的ではない。重要物資の供給途絶懸念に対して,ASEANが採るべき対策は,自由貿易の推進を通じて調達先を多角化することである。その先例が日本である。

 日本の食料自給率は低く,大半を輸入に依存している。日本の2021年における食料自給率(カロリーベース)は38%でG7最下位。自給率が高い米を含めた穀物自給率でみても,日本は31%で173カ国中123位(2020年。国連食糧農業機関(FAO))。

 しかし英エコノミストグループは「世界食料安全保障指数ランキング2022」で日本を第6位と評価している。この指標は食料の「値ごろ感」,「入手しやすさ」,「品質と安全性」,「持続可能性・適応」の4分野の計68指標で評価されている。特に日本は「入手しやすさ」が高く評価されて第1位。自由貿易推進が食料供給源の多様化に繋がっている。自由貿易体制が揺らぐ困難な時期だからこそ,自由貿易の「申し子」の日本とASEANは,共に自由貿易の旗を高く掲げ,調達先の多様化を通じた「デリスキング」に取り組むべきである。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3011.html)

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