世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
地域企業と産業集積
(日本大学 教授)
2023.04.24
地域経済の活性化は,かねてから国の重要な課題として取り上げられてきた。とくに,地域企業の戦略行動は,地域経済活性化の鍵を握るだけに注目度が高い。事実,地場産業の発展は,多様な技術やスキルを持つ地元の中小企業の存在をなくしては成立しない。地元の中小企業の組織能力の高さが地域力につながっていくからである。個々の企業が有する能力は小さくても,それが一つの地域という場に集まることで,地域力が高度化していくことになる。
特定の地域に関連業種の企業が多数集積する効果としては,①技術などの情報が迅速に伝播する,②専門人材が確保しやすい,③補助産業の発達に伴い安価で良質な中間財の入手が容易になる,④分業時の輸送コストや取引コストが削減できる,⑤柔軟な分業構造が需要変動への対応を容易にする,といった点が挙げられる。しかし,外部環境の変化などによって,このような集積のメリットが失われると,集積地は急激に衰退していくことになる。昨今の長引く景気低迷や,新興国企業の台頭,技術革新などの環境変化に適応できずに衰退していく産業集積地も多い。
とはいえ,産業集積地が衰退しても,その中にいる中小企業すべてが衰退していくわけではない。産業集積地と個別企業との関係に着目した研究によると,産業集積地には必ず経営革新を遂げる5%から10%のリーダー企業群がいるという。これらの企業は,地域内外の資源を有効に活用して,グローバルな事業システムをダイナミックに構築して新しい市場を切り開いていき,産業集積地に活力と需要をもたらすと考えられている。例えば,筆の産地として有名な広島の熊野には,かつて数多くの筆を生産している企業があったが,競争・市場環境の変化に適応できず,多くの企業が廃業に追いこまれていった。そんな中で,書道筆の技術を化粧品分野に応用することで世界的な企業になったのが白鳳堂である。
中小企業といえば国からの支援を受けている弱々しいイメージが常につきまとう。しかし,リーダー企業群のように,衰退する産業集積のなかにあっても,独自性の高い戦略を策定,実行することで成長しているのは,先の例で上げた白鳳堂以外にも数多くある。例えば,燕市にある和田ステンレス工業は,産業の黒子と言われるステンレス容器の分野で,輸出も行いながら圧倒的なマーケットシェアを有している。和田ステンレス工業が立地する燕市地域は,戦後,洋食器の輸出生産拠点として栄えた地域である。洋食器が繁栄した時期には,4000を超す企業が燕市に集積していた。しかし,新興国の台頭などもあり集積地が衰退していく中で,和田ステンレス工業は,洋食器で培ったステンレス加工の技術を生かして,半導体,液晶,電池,医療器分野向けにステンレス容器を開発することで持続的成長を実現してきた。白鳳堂や和田ステンレス工業の事例からもわかるとおり,長い事業展開を通じて蓄積した技術は簡単に廃れるものではな。いかに市場の出口を見つけ出すかである。
白鳳堂や和田ステンレス工業のように地域の資源を活用しながら,その地方を超えてより広い市場,なかでも海外市場に向けてビジネスチャンスを探索し,新市場を切り開いていく地方の中小企業を多く創り出すことが,今後の地域経済を活性化させるだけではなく,日本経済を浮揚させる推進力になることは間違いない。
[参考文献]
- 辻田素子(2005)「産業集積における新産業の創出」橘川武郎・連合総合生活開発研究所編『地域からの経済再生 産業集積・イノベーション・雇用創出』有斐閣
- 高岡美佳(1998)「産業集積とマーケット」伊丹敬之・松島茂・橘川武郎(編)『産業集積の本質一柔軟な分業・集積の条件ー』有斐閣
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