世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
伝統技術にグローバル化の可能性を見いだす
(日本大学 教授)
2024.01.29
ここ数年,日本の伝統的製品を生産している老舗企業の海外進出が加速化している。しかし,老舗企業のように,国内で培った伝統技術をベースにした製品で海外市場を開拓するとなると,逆に伝統という壁が大きな足枷になることは間違いない。例えば,日本酒の老舗企業の中には,海外に活路を見いだす企業もある一方,多くは日本市場という枠を超えられないのも事実である。とくに日本の伝統産業などの製品を扱っている企業が,突然,グローバル化する場合,いかに経営者がその伝統的製品にグローバル化の可能性を見いだすかにかかってくる。レオン自動機(株)の創業者は,饅頭の製造機械を開発する過程で,包み込む技術の海外市場での応用可能性に気がつき,創業から5年で米国に進出している。しかし,レオン自動機のようなB toB企業と異なり,B to C企業の場合,進出国の文化的背景の影響を受ける可能性が大きいことから,海外進出の壁は高くなる。この壁をうまく乗り越えたのが,新潟県三条市にあるマルナオ(株)である。今や高級箸のブランドとして国内だけではなく,海外においてもその知名度を上げている。
マルナオはもともと,創業時に大工道具を生産していた老舗企業である。マルナオが箸に着目したのは,もちろん大工道具の分野で培った手先の細かい技術が応用できることと,高級な箸が日本市場から消え去っていくのではないかという危機感からであった。箸というのは,コンビニ弁当にも必ず付いてくるなど多くの需要がある。その旺盛な需要に応えていたのが,福井県などで製造される低価格な大量生産型の製品である。高級な箸といえば,大手の老舗デパートなどで売られている輪島塗を施した一膳,5千円などの製品が主流であった。
それに対して,マルナオの製品は一膳が1万円以上する製品もある。なかでも,最も高品質な製品の特徴は,先端が1.5mmであり,断面が八角形になっているが,持ち手部分は握りやすいように十六角形になっていることである。しかも,この製造工程は,すべて手作業で行われる。先端が1.5mmの箸を作るには,素材は堅い材木で作る必要がある。しかし,この堅い材木は日本での調達が困難なため,世界中から選別され,調達されてくる。しかも,その年の調達する地域の気候や土壌によって材質も異なってくるため,機械による型どおりの加工は困難である。調達先からの素材の違いを見極めた上で,箸先や手もとで使用するのに適した材料を選別し,手作業で加工していくことになる。つまり,木材から箸の材料に変わるまでを自社で作り上げていくというのが,マルナオのものづくりのベースになっている。
このような考え方を,代表取締役の福田隆宏氏は競合の模倣を防ぐことを意識してのものではなく,「箸でつかんだ食材を口の中に入れたときに,一番ベストな口当たりの箸を作りたいという気持ちからスタートした」からだと言う。実際,マルナオの箸が高く評価されるのは,味の繊細さを求めるフレンチ料理においてである。料理の盛り付けに使用するステンレスなどを素材とするスプーンなどの調理器具は,料理の味が移るために,料理の盛り付けごとにスプーンを変えなくてはならなくなる。
しかし,箸の場合は料理と接触する部分が少ないために,盛り付ける場合でも継続して使用することが可能になる。確かに,我々の日常生活においても,箸で日本料理から洋食,中華までと多様な料理を,一本の箸で食することが可能である。結局,箸という製品の本質的な機能を追求したことが新たな市場開拓につながり,顧客の高いロイヤリティを生み出すことになった。マルナオの箸は,現在,日本の老舗デパートで取り扱われているだけではなく,世界数十各国に輸出されている。
伝統技術というのは,その国特有の技術であり,その国のニーズを的確に反映したものになる。だからこそ,その伝統技術から生み出された製品についてのグローバル化の可能性を見いだすことの難しさにもつながる。しかし,伝統という枠を取り払い,顧客志向の視点から改めて製品の本質的な機能を捉えれば,その製品の持つ市場の広がりに気がつくことをマルナオの事例は示唆していると言える。
付記:マルナオの事例については,代表取締役の福田隆宏氏に貴重な情報を提供して頂いた。ここに記して感謝の意を表したい。
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