世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3599
世界経済評論IMPACT No.3599

資源大国であり,輸入大国という矛盾:日本林業の活性化とは

髙井 透

(新潟国際情報大学経営情報学部 教授)

2024.10.28

 世界三大魚場の一つを有しながら衰退産業として位置づけられるのが,日本の水産業である。資源という優位性が競争力に結びつかない産業の一例である。水産業と同じく,資源大国でありながら,衰退産業の道を突き進んできたのが日本の林業である。日本は,国土面積の3分の2に当たる約2500万ヘークタルが森林である。ある意味,世界に冠たる資源大国と言っても過言ではない。にもかかわらず,日本の林業は危機的な状況に置かれている。植林から50年を超えて伐採時期を迎えているにもかかわらず,伐採が進まず森林の荒廃が懸念されている。数年前に起きた,世界的な木材価格の高騰「ウッドショック」は,改めて日本の輸入木材への依存度が高いことを浮き彫りにした。

 日本の林業は戦後の国内の住宅ブームの需要に応えるべく,広葉樹からスギ,ヒノキなどの人工林に置き換えられていった。かつては森林を所有することが,銀行に預金するより効率的であると言われた時代もあった。しかし,いまや森林の価値は下がり続けている。そもそも林業は,植栽(苗を植えること),下刈り(苗木の成長を妨げる雑草を刈り取りこと),除伐・枝打(つる,雑木,枝などを切り落とすこと),間伐(森林の密集度に応じて伐採すること),主閥(市場で利用できる木を伐採すること)というサイクルを回すことで成り立っている。そして,50年で伐採時期を迎えたときに,森林所有者の了解を得て伐採し市場に売ることになる。つまり,植林されたものが継続して仕事を生み出すわけではなく,25年から30年の目安で一度,仕事が途切れるのが林業のプロセスである。このプロセスにおいて,時代の変化とともに国産材が売れず,海外からの安い輸入材が国内市場に台頭してきた。

 輸入材の市場拡大による森林整備の遅れは,国産材そのものの品質を下げることになる。伐採された木材は,用途に応じてA材,B材,C材,D材に分類される。A材は住宅などの建築材となり,最も市場で値が高くつく材である。次に合板や集成材,製紙などの原料になるのがB材である。残りの細い木や枝,曲がった根本の部分などがあるのはC材,D材に分類される。森林整備が遅れれば遅れるほど,この市場価値の低いC,D材の比率が森林では増えていくことになる。さらに,国内材が売れなくなると,伐採されず再造林されないために,国からの補助金もでないという悪循環に陥ることになる。そのため,森林を手放す所有者も,年々多くなってきている。

 国もこのような実態に危機感を抱き,林業に対してさまざまな施策を打ってきた。しかしその成果はまだまだ限定的である。確かに,水産業と同じく,林業などもデジタルトラスフォーメションが進んできている。例えば,伐採すべき木をドローンなどで瞬時に把握して,森から切り出すという仕組みも一部では導入されている。しかし,サプライチェーンの中で,特定の業務や機能だけにイノベーションを起こしても意味がない。川上から川下までを効率的に商品が流れる仕組みを構築し,この仕組みの効率性を高めるように個々のイノベーションを連動させることが必要とされる。そのためには,事業構想力を持ち,その構想を確実にビジネスモデルに落とし込んでいける企業や人材が必要となる。実際,林業分野では効率的な植林,伐採,集荷,搬送する仕組みを構築した後に,バイオマス発電に進出することで,総合的な林業のビジネスモデルを構築し,圧倒的な競争優位性を構築している地方企業も存在する。同じ一次産業でも,水産養殖事業では,大手のかなり資本力のある企業でなければ,垂直統合型のモデルを構築することは難しい。しかし林業の場合,地域資源である森林を戦略的に活用できるスキルを高めれば,地域企業も大手企業と伍して戦えるだけではなく,新たな雇用を生み出し,地域経済の活性化にも貢献できることになる。

 衰退産業と思われる林業にこそ,実は成長の金鉱脈が眠っている可能性が高い。その金鉱脈を見つける上でも,林業の可能性を世にアピールし,企業家精神に富んだ企業や人材を惹きつけ,育成する仕組みを構築することが急がれることになる。そのためにも,経営学分野で培われたイノベーションマネジメントのスキルを林業分野に応用することは,林業を活性化させる上での大きな戦略ツールになることは間違いない。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3599.html)

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