世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3042
世界経済評論IMPACT No.3042

大企業の経営資源を成長のインフラとして活用する

髙井 透

(日本大学 教授)

2023.07.24

 大企業だけではなく,中堅・中小企業にとっても新規事業創造は持続的成長にとって必要不可欠な戦略である。とはいえ,コア技術をベースにした既存事業から離れることは容易ではない。リスクが高い上に,競争優位性をゼロから創り出さなくてはならないからである。実際,グローバルニッチトップ企業の多くは,コア技術をベースに持続的競争優位性を創り出している。例えば,世界的モニターメーカーのEIZOは,航空,船舶,防衛など多様な分野に進出しているが,基本はモニターの技術をベースに,他の分野に必要なスキルをプラスアルフアしていくことで製品の付加価値を高めてきた。

 確かに,特定の分野で圧倒的に市場シェアを取れば,黙っていても貴重な情報が入ってくる。EIZOの買収案件などは,ほとんどが先方から持ち込まれたものであるという。とはいえ,コア事業は必ず成熟する。もちろんコア事業を支える技術を,EIZOのように,次々と新しい市場に応用できれば問題はないが,必ずしもそうではないケースが多い。シナジーの罠に陥る可能性もあるし,確立したブランドに過信し,いつのまにか市場から淘汰されることもある。そのため,中堅・中小企業が持続的成長を実現するには,新たなコア事業を模索することが必須である。とくに,技術と市場がダイナミックに変化する環境にいる企業は,新規事業を創造することは持続的成長にとって必要不可欠な戦略である。

 しかし,創業経営者であれば,コア事業から離れた分野で新規事業の創造に取り組むことは難しい。そのため,社長の交替期は新たな事業創造を生み出す絶好の機会でもある。しかも,他の業界の経験を持っている人材であれば,既存のものの見方,考え方に縛られずに新規事業の意思決定をすることが可能である。事実,多くの新規事業を創り出した企業の経営者の経歴を見ると,別の業界の経験を持っている方が多い。

 例えばある地方の有力企業であるA社は,社長の交代期に異なった業界から人材をスカウトすることで新規事業の創造に成功している。しかも,その新社長は,既存事業とはまったく関係のないロボット産業に成長機会を見いだしている。ロボット産業は,成長産業だけに後発で参入するのが困難な市場にみえる。しかし,ロボット産業は成長産業ゆえの課題が存在していた。大手企業も,その成長性ゆえにメンテナンス事業に十分に手が回っていなかった。実際,ロボット産業の顧客の不満は,故障してもすぐに対応してもらえないことであった。ここにA社は,ビジネス機会を見いだすことになる。とはいえ,A社はメンテナンスの知識どころか,ロボット事業に関する知識そのものを有していなかった。

 そのため,業界の大手企業に人材を派遣し,スキルを学習することになる。しかも,出向ではなく人材派遣の形にすることで,大手企業からロボット事業に関するスキルを学ばせてもらった上に,人件費も払ってもらい,さらには利益も要求することが可能になった。当初は大手企業も難色を示したが,メンテナンス事業で得た利益は,全国にメンテナンスサービスの拠点を作っていくための先行投資に当てることを約束し,その大手企業を説得する。今,このA社のメンテンナンス事業は順調に拡大している。

 中堅・中小企業が新規事業を模索する場合,大企業以上に既存資源とのシナジーに拘る。

 経営資源が脆弱な中堅・中小企業にとっては当然である。しかし,その拘りが新規事業創造の機会を失わせることも多い。新規事業を創造する場合,内部資源の活用に拘るだけではなく,いかに大手企業の資源を成長のインフラとして活用するかの重要性を,A社の事例は示していると言える。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3042.html)

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