世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3941
世界経済評論IMPACT No.3941

地域優良企業は妥協を排除する

髙井 透

(新潟国際情報大学経営情報学部 教授)

2025.08.11

 地域には世界でトップクラスの技術を有し,その技術をベースに世界市場でトップシェアを誇るグローバル・ニッチトップ企業が存在する。まさに地方創生を担う企業でもある。しかも,グローバル・ニッチトップ企業になれば,地方から世界ということで,首都圏にいる企業よりも注目度は高まることになる。このような企業の戦略行動は,かならずしも今までの地域企業の概念では捉えきれなかった。

 地域企業の特徴としては,創業当時にその地域独特のニーズを発見し,そのニーズに応えるような事業を創造する。そして,事業の展開においては,その地域でしか獲得できない資源を活用することで競争優位性を構築する。しかし,地域のニーズに応え,そして地域でしか活用できない資源を持って競争優位性を構築するというのでは,地域の外へ出ていく視点が欠けることになる。しかも,地域資源といっても,その地域の資源が他の地域と比較し優位性がない場合や,さらには,競争劣位である可能性すらある。既存の地域企業の概念では,地域に立地しながらも,設立から海外を目指すボーングローバル企業や,グローバル・ニッチトップ企業の戦略行動を必ずしも十分に説明することができない。

 実際,地域には創業の地で培ってきた経営基盤を生かし,その地域に拠点を置きつつ他の地域に向けて事業を広げている企業がある。しかも,地域資源を活用するだけではなく,他の地域の資源も連動させ,企業成長を実現している。地域にありながらも地域を越える企業を,我々は在地超地企業と言う(神田他『地域発エクセレントカンパニー-在地超地企業』生産性出版,2025)。在地超地企業の詳しい戦略行動特性は書籍にゆだねるとし,紙幅の関係もあるので,ここでは在地超地企業の数社の事例を中心に持続的競争優位性について議論していくことにする。

 在地超地企業は,既存の地域企業と経営資源の捉え方が異なっている。よく地域企業が競争優位性を創り出すためには,「資源を含めて地域のメリットをあらい出せ」ということがよく言われる。しかし,メリットを簡単に見つけ出せるのであれば,どの企業も市場に参入して競争は激化し,競争優位性の構築は困難になる。在地超地企業(以下,事例企業)はむしろデメリットの中に可能性を見いだそうとすることが,資源の壁を越える上での大事なポイントである。そして,壁を乗り越える背後には明確な論理がある。

 例えば,㈱ノーリンは,福島地域の森林が建築材などに使用される価値の高い木材が少ないというデメリットを,事業の垂直統合によってメリットに変えている。山林に放置された価値の低い未利用材から木質燃料チップを製造し,さらにそのチップを使えるバイオマス発電事業まで進出することで,福島の森林に新しい価値を生み出し持続的成長を遂げてきた。

 小売りの常識を覆すような急成長を遂げてきた㈱ハニーズホールディングス(以下,ハニーズ)の戦略も,地方というデメリットをメリットに変えている。トレンドの変化が激しい,ファッション業界では,地方企業の参入は難しいと言われてきた。この業界の常識を覆すべく,いわきから東京に毎週,通いながらトレンドを学ぶことで,地方からの創業に成功している。会津東山温泉の旅館,㈱くつろぎ宿は,主要顧客を地元客から首都圏近郊の客に転換することで,地元資源の価値を高めることに成功し,会津地域では圧倒的なブランドを構築している。

 事例企業の戦略行動の特徴は,地域というデメリットをメリットに変えるだけではない。構築したビジネスモデルの優位性の中に,一見すると不合理な部分を埋め込んでいることである。不合理であることとは,妥協の排除を意味する。そもそも妥協とは効率性や利便性と引き換えに,目指すべきものの何かを犠牲にすることである。相反する目的を実現するのが難しいからである。しかし,戦略の本質とは矛盾を創造的に解消していくことである。ある意味,不合理を実現することこそ,競争優位性への道を切り開くことになる。

 事実,事例企業は簡単な妥協はしない。ノーリンはバイオマス発電事業の進出にあたり,外部企業に依頼していたトラック輸送事業を自社で行うようになっている。くつろぎ宿は,修繕のために自社で工務部門を立ち上げている。ハニーズもいわきに約9万5000平方メートルという広大な敷地に物流センターを自社で設計し建設している。一見するとその分野のスキルが高い外部企業に依頼した方が合理的と考えられるが,三社は顧客志向と地域貢献という目的を実現するために,敢えて内部化に踏み切り,簡単に効率性の概念に妥協せず競争優位性を構築している。

 確かに,妥協を排除することで少なからず失敗することもある。事例企業もその成長プロセスではさまざまな課題に直面して停滞を余儀なくされた時期もある。しかし,失敗しても,すぐに立ち直れることができるのは,妥協を排除するという行動の背後に明確な論理があるからである。しかも,その論理は,さまざまな差別化要因の組み合わせの妙ともいうべき戦略行動につながっている。

 企業の戦略行動では,やはり大きな差別化に目がいきがちになる。例えば,前述したハニーズの物流センターなどへの大型投資には,誰もが注目することになる。しかし,ハニーズでは,若者の服をデザインする時に,親御さんがその服を見ても,違和感のないデザインに仕上げている。極端なトレンドに乗ったデザインを敢えて避けているのである。その結果,他の競争企業と微妙な競争ポジションの差異を生み出している。このようなことは,単に小さな差別化にみえる。だが,この小さな差別化と大きな差別化が組み合わせられることで,持続的競争優位性が構築されている。しかも,その組み合わせの妙の中に,一見すると不合理にみえる部分が埋め込まれているために,競合相手としては模倣が難しくなる。

 デジタル時代になり,ますます効率性のロジックが戦略を展開する上での常識になっている。しかし,効率性のロジックを追求するだけでは競争優位性を持続的なものにすることはできない。大都市にいれば企業成長に必要なすべての資源インフラが整っている。その意味で,確かに地域企業は資源的には不利な状況にあることは間違いない。しかし,その不利な状況にあるからこそ,効率性のロジックでは解決できない知恵が創造的に生み出されるのである。まさに,不利な状況にこそ,次の飛躍の機会が眠っているということを事例企業の戦略行動から学ぶことができるのである。

[参考文献]
  • 神田良・髙井透・一般財団法人とうほう地域総合研究所(2025)『地域発エクセレントカンパニー「在地超地企業」』生産性出版
  • Paul, Lemberg (2007) Be Unreasonable. The McGraw-Hill Companies.(山崎康司訳『会社を変える不合理のマネジメント-1.5流から超一流への発想転換』ダイヤモンド社, 2008年)
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3941.html)

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