世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
「グローバル・サウス」問題を考える
(岐阜聖徳学園大学 教授)
2023.03.06
このところ「グローバル・サウス」という術語がマスメディアを賑わせるようになった。そこで本コラムでは,南北関係史の観点からここにいたるまでのプロセスを跡付けてみたい。
もともと南北問題は第二次世界大戦後,より正確には1950年代にオリバー・フランクスによって初めて用いられた術語である。国際社会においてひろく認識されるようになったのは,1960年代半ばにスイスのジュネーヴで開催された第1回国連貿易開発会議(UNCTAD)においてであった。それを主導したのはラウル・プレビッシュである。プレビッシュはアルゼンチン中央銀行初代総裁から国連ラテンアメリカ経済委員会(ECLA)の事務局長を経て,UNCTAD事務局長へキャリアアップした人物である。かれが果たした歴史的役割は,ECLAにおける一連の活動においてラテンアメリカ全域を一体感をもたせる形でまとめたこと,およびUNCTADでいわゆる途上国側で77か国グループ(G77)の結成により「サウス」の一体感をもたせ,北側先進国へ幾多の要求を提示し,ある程度の譲歩を勝ち取ったことなどだ。端的に言えば,いわゆる一次産品問題(モノカルチャー国の輸出価格安定化と所得補償へ向けて)のプログラム化への方向付けおよび一般特恵関税制度(GSP)の具体化である。1960年代から1970年代初期にかけて見られたこのような一連の動きが,南北関係史の第一局面といえるだろう。
1970年代は第一次石油危機が勃発し,イラン革命に端を発する第二次石油危機で終わる。その当時もてはやされた術語は,資源ナショナリズムと新国際経済秩序(NIEO)だ。この局面において石油や天然ガスなどのエネルギー資源は,一次産品の中でも特異な存在となった。これが第二局面にほかならない。
1980年代はラテンアメリカを中心に債務累積問題が浮上し,国際経済に深刻な影響をおよぼした。この問題の根本的解決策として市場原理主義に依拠したワシントン・コンセンサス(貿易の自由化,金融の自由化,資本移動の自由化,財政規律の遵守,および公的部門の民営化など)が称揚され,国際通貨基金(IMF)と世界銀行は構造調整型貸付(SAL)に高い優先順位を置いた。そして世紀末にアジア地域で経済通貨危機が発生する。この20年間が第三局面である。
そして今世紀に入ってからどうなったか。新興国が興隆することとなった。BRICS(ブラジル・ロシア・インド・中国・南アフリカ共和国)の存在がクローズアップされた。とくに中国の圧倒的な工業化熱が世界的一次産品ブームを引き起こした。それはかつてイギリスやアメリカが世界の中心国として残余世界に圧倒的な影響をおよぼしたように,経済面においては,いまや中国の存在が大きくなったということを意味する。かつてイギリスがそう呼ばれたように,いまや中国が世界の工場となり,多くの国にとってこの国が第一位の貿易相手国になっている。国際貿易だけではない。国内需要もどんどん大きくなりつつある。たとえば家庭電化製品や自家用車などの売れ行きは他を圧倒し,この国からの海外旅行も増加傾向にあり,各国はこの国からの観光客によるインバウンド消費に大きな期待を寄せるようになっている。この国のGDPは世界第二位であり,やがて第一位のアメリカをも追い抜く勢いにある。今世紀に入ってから新興国とくに中国の興隆が,南北関係史の第四局面である。
さてこのようにみてくると,巨大化した中国をどのように捉えるかが大きな問題になっていることがわかる。「グローバル・サウス」に中国を入れるかどうかで,様相はまったく違ってくる。現在の中国のふるまいを見ていると,国際政治面では新興国としてつまりBRICSの一員として行動し,国際経済面では途上国への強大な援助国としてふるまっている。もとよりそのような態度を見ると,もはや「サウス」には属さないとみるべきだろう。さらに言うなら,この国は高度成長から安定成長期に入ろうとしているようにも見える。
その代わり持続的な高度成長を実現しようとしているのが,インドである(この国のGDPは世界第5位のイギリスに迫る勢いだ)。そのインドは現在,G20の議長国として「グローバル・サウス」の存在意義を高めようとしている。それはインドや中国などの新興国が大多数を占める途上国を取り込み,欧米主導の国際経済秩序に攻勢をかけようとしているようにも見える。この新たな段階が南北関係史の第五局面の第一歩になろうとしているのだろうか,今後の推移を見守りたいところだ。
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