世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3546
世界経済評論IMPACT No.3546

1980~2010年再考:この時期をどのように評価するか

宮川典之

(岐阜聖徳学園大学 教授)

2024.09.02

 前回のコラム(No.3435)では,第二次世界大戦後で世界の政治経済がやや安定し始めたころから1980年までについて考えた。そこで本コラムでは,その後の新自由主義が世界全体に影響をおよぼした時期について,現代的評価を試みる。

 戦後の先進主要国において,ケインズ経済学優勢の時代から変化が見られたのは,厳密には1970年代半ばのことだ。最大の原因は第一次石油危機に端を発するスタグフレーションだったことに,異論の余地はないだろう。なにせそれまで有効とされていたケインズ流のポリシーミックスが,もはや効果を発揮できなくなり,神通力を失ったのだから。その結果,新古典派経済学が復権を果たし,装いを新たにして登場した新自由主義(ネオリベラリズム)が世界中にひろがっていった。具体的にいえば,あらゆる種類の自由化政策の推奨と公的部門の民営化の推進であった。わが国も例外ではなかった。国鉄の分割民営化(JR各社化),日本電信電話公社の分割民営化(NTT各社化),および日本たばこ産業株式会社の誕生など,次から次へと国営(公営)部門の民営化が進められた。

 こうした大きな国際環境の変化によって,いっそう深刻な影響を受けたのは開発途上国であった。それというのも世界銀行の融資姿勢が大きく変化したからだ。この組織の副総裁兼チーフエコノミストが1982年に,構造主義経済学を代表するホリス・チェネリーから筋金入りの新自由主義経済学者アン・クルーガーに代わることとなった。この時期はラテンアメリカにおいて債務累積問題が火を噴いた時期でもあり,復権を果たした新古典派はその責任を過度の保護主義に求め,1950〜80年間に主導された輸入代替工業化政策を徹底して責めたてた。かくして1980年代からは,比較優位の原理に戻ること(つまり自由貿易主義の徹底化)が正当化され,あらゆる次元において国家介入は否定された。比較優位の原理を補強した理論は,実効保護率の理論およびレントシーキング論(クルーガーはこの理論化に貢献した論客のひとりだった)などだ。そこで世界銀行と国際通貨基金(IMF)によって主導されたのが構造調整型貸付(SAL)であった。つまりこの二つの国際金融機関から被援助国が融資を受けるには,限りなく自由貿易に添った政策でなければならなかった。SALによって要請される政策パッケージとして推奨されたのが,1990年にジョン・ウィリアムソンによって提示されたワシントン・コンセンサスだった。

 多くの途上国がワシントン・コンセンサスに従うこととなり,自由化政策と公的部門の民営化を次から次へと実施していった。そうすることがグッドガバナンスの代名詞でもあった。それは裏を返せば,直接投資や間接(証券)投資という形で,先進国から資本が自由に移動することを含意していた。それを補強した金融イノヴェーションが金融派生商品の開発だった。その背景は,1990年代に進行したIT革命である。金融工学の発展が一定の役割を果たし,ヘッジファンドはそれを大いに活用した。ところが世紀末になってそれは逆回転することとなる。一連のアジア通貨経済危機はこうして起こるべくして起こったのだった。1997年のタイのバーツ暴落から始まり,その影響はマレーシアとインドネシアへ,さらにはフィリピンと韓国まで及んだ。さらにそれは21世紀を挟んでロシアやブラジル,アルゼンチンまで飛び火した。

 そのような事態に陥って世界銀行は,SALから貧困削減戦略文書(PRSB)型貸付へと融資方針を変更することとなる。それを主導したのは,世紀末に副総裁兼チーフエコノミストを務めたジョセフ・スティグリッツである。かれは早くからIMF批判とワシントン・コンセンサス批判を続けていた。

 ところでそれを尻目に21世紀に入ってから一気に興隆してきたのが,中国である。この国は2001年に正式にWTOに加盟する。それを機に,経済特区を中心に先進国から多くの資本を誘致して中国人労働者との結合による開放経済型工業化を成功させたのである。それには大量の原材料を必要とした。それが世界的な一次産品ブームを招来することとなった。そして2007年から2008年にかけて米国で金融危機が発生することとなり,世界に深刻な影響を及ぼしたのだった。この段階で新自由主義はほぼ終焉を迎えることとなる。かくして時代の振り子は再度,ケインズ流のリフレ政策を必要とするまでになった。そこで中国が積極的な大規模な公共事業を引き受けるまで事態は進んだのである。

 要約するなら,この1980年代の新自由主義の復権に始まり,21世紀初頭の中国の興隆まで及んだということなのだ。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3546.html)

関連記事

宮川典之

最新のコラム