世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2819
世界経済評論IMPACT No.2819

一村一品運動からOne Commune One Productへ:村落の視点から考える

高橋 塁

(東海大学政治経済学部 教授)

2023.01.16

2022年夏ハウザン省にて

 先の拙コラム(No.2701)で,私は,昨夏のベトナム南部メコンデルタでの農村調査について触れた。このときの調査では農家のみならず,実は地方行政当局や農業・農村関連機関にも訪れ聞き取りを行っている。中でも興味深かったのは2022年9月1日に訪れたハウザン省合作社連盟(Liên minh hợp tác xã tỉnh Hậu Giang)で当該連盟の幹部から伺ったお話である。

 ハウザン省はメコンデルタのほぼ中央に位置し中央直轄市カントーに隣接する。ハウザン省の地理的な特徴として,農林水産業に必要な水源で海と繋がる河川が二系統ある点が指摘される。一つはメコン川の主要な支流であるハウ川(Sông Hậu)で,もう一つはタイランド湾への流れ出るカイロン川(sông Cái Lớn)である。豊富な水系はハウザン省の豊かな自然と農業資源,漁業資源を支えてきた。しかし近年は周知のように干ばつによる河川の塩水遡上が起こり,塩害が多発している。特にハウザン省は二方向の河川から塩水遡上があるため塩害は深刻で,上記合作社連合によれば対塩性のあるオリーブに似た作物(Elaeocarpus hygrophilus Kurz:マコーク・ナーム)の栽培が進められているとのことだった。

 今回の調査では合作社連盟が経営する川魚の加工品製造工場の工程も拝見し,また新商品として川魚の皮を素揚げし,わさび風味など様々な風味のパウダーをつけてチップスにしたものも試食させていただいた。どれもパッケージが立派なものであったが一つ興味深かったのは,それらパッケージに“OCOP”のロゴがついていたことである。すなわちハウザン省の合作社連盟では上述の逆境を逆手にとり,対塩性作物の加工品や水産加工品をOCOPの枠組みによる特産品として販売することを試みていることが見てとれた。

日本の一村一品運動を振り返る

 このOCOPとはOne Commune One Productを意味するもので,日本でいうところの「一村一品」にあたる。現在ベトナムでは農村の発展を支える重要な国家事業として「新農村」と呼ばれる発展的な農村建設を進めているが,この新農村建設事業の一つの要素にOCOPが含まれているのである。

 ベトナムにおけるOCOPの推進はもとを辿ると日本の大分県で1979年に起こった「一村一品運動」に行き着く。一村一品運動はアジアやラテンアメリカ,アフリカの諸国に対し日本が国をあげた支援としてJICAを軸に広める方針をとってきた。ベトナムにおいても2000年代半ば頃からベトナム農業・農村開発省が主体となって進められている。その背景には一次産業に従事する多くの人口,低所得層を抱える農村経済が国際化に伴う競争圧力にさらされる中,農村をどのように発展させていくかという問題があった。そしてその問題への一つの解答として農村工業化が提唱されてきた。農村工業化がベトナムの経済発展の重要課題となり,一村一品運動がベトナムに導入された経緯詳細については出井(2016)等,優れた先行研究を参照されたいが,筆者が気になったのはベトナムのOCOPを担う主体についてである。もともとベトナムでは北部を中心に工芸村ないし専業村というある業種に特化した村が多く存在する。2000年代初頭,JICAは当時農村工業発展戦略の担い手としてこれら工芸村ないし専業村に着目して大規模な調査を行うとともに,一村一品運動の視点を本格的にベトナムへ導入するに至った(JICA and MARD 2004)。

ベトナムのOCOPから村落を考える

 ベトナム地域研究の泰斗である桜井由躬雄先生は,東南アジアの農村における村落結合は一般にルーズであるが,中東部ジャワと紅河デルタ村落は例外的に強固な社会結合を有していると指摘された(桜井 1999)。それゆえ「一村」と「一品」の関係が強い村落結合をもつ北部の工芸村の議論で生まれてきたことは首肯できる。しかしメコンデルタの村落結合はルーズである。また先の拙コラム(No.2571)でもふれたように東京大学の髙橋昭雄先生が指摘されている村の掟や倫理が村の構成員の生産や生計に紐づけられている村落共同体と,生産に紐づけられず生活のコミュニティとして存立する村の区別を考えると,メコンデルタに属するハウザン省の一村一品運動はどのように担われているのか疑問に思ったのである。桜井先生の上記論考では北部における合作社の幾度となる編成過程が安定した地域秩序の自然村の複合体を核としている旨が議論されている。さらに優良な複数合作社の連合組織としての「連合合作社」が提唱されており,今回訪れたハウザン省の合作社連盟はこれに類似した,ないし「連合合作社」の方向性を模索した組織といえるかもしれない。

 南部では合作社のシステムが南北統合後スムーズに受け入れられたとは決していえないが,同時に村に村落共同体としての強固な結合がないがゆえ,OCOPを担い進める主体が合作社ないし合作社連盟となっているのではないか?ハウザン省での聞き取りからはそうした南部の村や合作社に対する問題関心が改めて高まった。この点はベトナムの農村を考えるうえで重要な論点であると考えられるので,今後十分な調査,情報把握により見識を深めていきたいと思っている。

[引用文献]
  • 桜井由躬雄(1999)「合作社を基礎とする新しい農民生産組織の建設」石川滋・原洋之介(編)『ヴィエトナムの市場経済化』東洋経済新報社.
  • 出井富美(2016)「ベトナム農村工業化政策の展開―アンザン省の事例を中心に―」藤田麻衣(編)『移行期ベトナムの産業変容―地場企業主導による発展の諸相―』アジア経済研究所.
  • JICA and MARD(2004)The Study on Artisan Craft Development Plan for Rural Industrialization in the Socialist Republic of Vietnam, Vol.1, Vol.2. Ha Noi : ALMEC Corporation and International Development Center of Japan.
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2819.html)

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