世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2809
世界経済評論IMPACT No.2809

ドイツ=欧州機関車論の終焉とフランス

瀬藤澄彦

(国際貿易投資研究所 客員研究員・元帝京大学 教授)

2023.01.09

 ドイツが,シュレーダー,メルケル時代の20年近くにわたり欧州経済の「機関車」として君臨した時代が終焉した,という見方がフランスで急速に広まっている。従前よりパリ政治学院(Science Po)のジュバル(G. Duval)教授を筆頭に専門家の間では,ドイツの独り勝ちの危うい理由と,逆に停滞の危機が忍び寄ることが指摘されていた。今回のウクライナ戦争がその矛盾を浮き彫りにしている。

 現在の危機以前,アプリオリにドイツ統一の経済的なコストは,旧西独にとり巨額であった。ベルリン大学クラウス・シュレーダー教授が2014年に試算した2兆ユーロ(280兆円)という統一コストは,ハレ経済研究所が2009年発表の1兆3千億ユーロを大きく上回る数字で,改めて東西両独の統一コストの巨大さに衝撃が走った。しかし同時に現在ウクライナ戦争で緊張と混乱が覆っている旧ソ連・中東欧諸国は,実は旧西独の産業に対して新たな市場と投資先としてまたとない企業立地の空間を提供し,21世紀初頭のドイツ経済発展の奇跡を支えてきた。人口1600万人の旧東独に比較して1億数千万人に上る中東欧諸国は歴史的にドイツとの暗い過去の関係を残している。しかし,90年代にドイツ産業がこの市場を支配するのに時間はかからなかった。当時の西独企業は買収した旧東独企業の持っていたネットワークを最大限利用した。ドイツ産業を支え,世界的にも「ミッテルシュタンド」(Mittelstand)として知られる,ドイツの中小企業の多くは,これらの地域をヒンターランド(後背地)として位置づけ,コストの安いコンポーネントや部品を生産する供給基地にすることによって国際競争力を高めることが可能となった。供給基地となったこれらの国に対してはドイツから産業機械など資本財の輸出も急増した。

 こうしたドイツ企業の積極的なアウトソーシングは,フランスとの国際競争において力の差を広げてきた。一方,独仏両国間の相互依存度は高く,両国は中間財の輸入先国としてそれぞれ第1位と高い統合度であった。しかしそこには無視しえない格差が存在していた。ドイツがフランスの中間財輸入の20%を供給していたことに対し,フランスはその半分の中間財しかドイツに輸出してこなかった。ドイツがチェコ,ポーランドを中心とした中東欧諸国や,低い生産コスト国からの中間財輸入を拡大させることは,既述のようにドイツ企業の生産工程における価値連鎖の分散による競争力強化に結びついた。ドイツの海外投資が企業の価値連鎖における生産工程ネットワークの統合を作り出したのだ。一方,フランス国際経済研究所(CEPII)調査報告書によると,フランス企業は産業間貿易の水平的投資に終始し,海外投資先の収益をすべて吸い上げ,価値連鎖の効率的な分散に向かうような垂直的なネットワークを作ってこなかった。

 ドイツ経済は90年代に輸出主導型経済へ大きな変換を遂げた。それまでGDPの23.7%(1995年)だった輸出は2012年には約2倍の51.9%,2022年でも約50%を維持しドイツの貿易収支は巨額な黒字を計上するようになった。同時にドイツの輸入も中東欧諸国を中心に急増し,その対GDP比は同期に47.4%に達した。2001年以降はこれら中東欧諸国からの対独輸出はフランスのそれを上回るようになり,さらに2009年には中国がフランスに代わってドイツの貿易相手国の第1位になった。ドイツの海外直接投資もこのような貿易構造の変化を反映し,今や中東欧諸国がフランスを上回る第1位の投資先になった。今やドイツの貿易と投資の最重点地域はフランスから中東欧諸国に移行した。ドイツ企業が進出するルーマニアやポーランドと人件費に5倍もの差がつく現実のなか,ほかの欧州諸国は国際的な競争優位を失ってしまった。

 しかし,ドイツの競争優位に結びついていたロシアと中東欧諸国との間に構築されていたグローバル価値連鎖の流れは,コロナ禍発生時点で物流システムに混乱が目立ち始め,ウクライナ戦争の勃発によってほぼ機能不全に陥った。

 一方で,先述のとおりフランス企業は水平的投資に終始し価値連鎖の効率的な分散に向かうような垂直的な海外直接投資を行っていなかった。パリ商工会議所(CCIP)やパリ大学教授フォンネ(Fontagné)の報告でも指摘されてきたフランス企業のドイツ産業に対して劣位にある競争優位を挽回しようと,在日フランス大使館経済公使R.ケレール(Raphael Keller)によればG7首脳サミットで5月来日予定のマクロン大統領は新たな日仏2国間協力ロードマップには,フランス製造業の価値連鎖のスマイル・カーブ高度化の必要性にも言及される予定である。そこではフランス・モデルの信憑性が問われることになる。

[参考文献]
  • 1 Guillaume Duval, Made in Germany, Le modèle allemand au-delà des mythes, Seuil, janvier, P.61, 2013
  • 2 Klaus-Dietmar Henke, The German Reunification: An Analysis a Quarter Century After 1989/90,International Journal of Korean Unification Studies Vol. 23, No. 1, 2014, 1–24
  • 3 2022年06月22日 日本海事新聞「国際物流混乱,欧州港湾 混雑深刻化。世界各地で不透明感」
  • 4 瀬藤澄彦『多国籍企業のグローバル価値連鎖』中央経済社 2014年
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2809.html)

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