世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2709
世界経済評論IMPACT No.2709

賢しこい国民 賢しこい政治

小浜裕久

(静岡県立大学 名誉教授)

2022.10.10

 「賢しこい国民 賢しこい政治」という妙なタイトル,思いの丈は,国民のレベルと政治のレベルは比例すると言いたい。日本は「民度が高い」という政治家もいるが,なにをもって「民度」というかは曖昧だし,「国民のレベル」もやはり曖昧だ。70数年前,日本が戦争に負けて,アメリカ主体の連合軍が進駐してきた。アメリカの若いGIが,町を歩いて靴磨きのおじさんおばさんが,客がいない時,新聞を読んでいるのを見て,「日本じゃ靴磨きも新聞読むんだ」と驚いたという。初めてベトナムに行ったのは,かれこれ30年くらい前だろうか。ホテルの近くで夕食をすませ,ホテルへ帰る暗い道に,多くの露店があって,雑誌など様々な物を売っていた。客がいない時,暗いアセチレン・ランプの下,露店のおじさんおばさんは,新聞や雑誌を読んでいた。

 昼間,すいた電車に乗っていると,前に座っている6人とか7人全員がスマホを見ているといった情景は,いまや珍しくもない。もちろんスマホで本を読む人もいるかも知れない(筆者,キンドルで専門書を読むのも好きではない。アナログ老人で,論文に引用する時,どうページを書くか分からないのです)。でも,皆さんが一所懸命見ているスマホの画面は,ゲームだったりテレビだったり。

 時代により,国により,はたまた人により,「常識」は大きく異なる。100年前200年前の「常識」で行動する国のリーダーもいれば,21世紀の「常識」で考えるリーダーもいる。

 明治の初め,日本社会近代化に資するため,2年弱に渡り岩倉使節団が欧米先進国12か国を巡り,進んだ政治軍事経済制度を学び,取り入れようとしたことはどの日本史の教科書にも書いてある。岩倉ミッションは,プロシャでビスマルクとも会っている。岩倉具視が「わが国は万国公法(国際法)に則り,云々」と言うと,ビスマルクは「大国は,自国の利益に適う時は国際法を持ち出すが,自国の利益にならない時は,国際法など平然と無視する」と答えたという。小国プロシャの宰相ビスマルクの苦悩がよく分かる。

 帝国主義の時代と21世紀の今を比べると,いちばん大きな違いは,核兵器とインターネットだろう。自分の面子が潰されるくらいなら,核兵器の使用も辞さないだろう大統領もいれば,軍事支援も議会の了承を必要とする民主体制の国もある。戦争が起きると,昔は従軍記者の数日遅れの記事でしか世界の人々は実態を知ることは出来なかった。今では,世界中のジャーナリストが,リアルタイムで世界に動画も発信することも出来る。

 世界の国々を眺めれば,民主主義を標榜する国よりも,権威主義体制の国の方が多いらしい。貧しい時代,一定期間自由を犠牲にして貧しさをなくすことに集中すべきだという議論がある。1960年代のシンガポールと今のシンガポールを比べると隔世の感がある。港近くの博物館に行くと,リー・クアンユーの言葉とともに時系列にシンガポールの発展の写真パネルを見ることが出来る。ゴミだらけの港の写真に絶句するだろう。親しいある理論経済学者は,それでも自由を犠牲にしたシンガポールの経済発展は好きではないという。

 自由を犠牲にした貧困撲滅,経済発展は,長期的に考えれば矛盾を内包していると思う。貧困撲滅を成し遂げ,豊かな人々が増えれば,彼らは自由を求めるだろう。あるいは,国を出て,「自由な国」に出て行ってしまうだろう。どうすればいいか。それには,政府が「公正と効率」という2つの目標の同時追求という思想に基づいた,経済政策を突き進めることだ。その際,国民に対して政府が丁寧に説明を尽くすことが不可欠だ。

 経済発展とは,不断の経済社会の構造変化を実現しつつ,豊かさを追求することだ。もちろん,物質的豊かさだけが「幸せ」をもたらすわけではない。戦後日本の経済を振り返っても,昔の経営者は元気で,通産省とも喧嘩し,部下とも喧嘩し,部下も社長と喧嘩した。本田宗一郎は,エンジンの設計思想の違いで。水冷エンジンを主張する若いエンジニアと大げんか。部下のエンジニアは,頭に来て2ヵ月無断欠勤。無断欠勤したエンジニアは,先月亡くなったホンダの3代目の社長。あるノンフィクション・ライターが本田宗一郎に,「本田さんは創業者で天才エンジニア。そんな人に楯突く部下に対して頭にこないんですか」と訊いたところ,「俺に楯突くような人間じゃなきゃ,会社を任せられない」と答えたという。

 日本経済にとって,円安がいいか円高がいいかという議論がある。円安によって輸出が伸びて経済が活性化すると言うビジネスマンもいれば,エコノミストもいれば,政治家もいる。1960年代,70年代の発想。政策は,短期,中期,長期の視点が必要だ。短期のインフレ対策も重要だし,長期のエネルギー政策も大切だ。でも,新しい原発を作ろうと政府が言えば,何も変わらない。世の中,「変えたくない」人がうじゃうじゃ。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2709.html)

関連記事

小浜裕久

最新のコラム