世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
格差と分断:貧すれば鈍するか
(静岡県立大学 名誉教授)
2024.10.14
いまから150年くらい前,明治の初め,総勢100人を超える岩倉使節団が条約改正を目指し,さらに日本社会近代化のため知識を得ようと欧米へ旅立った。1年9か月余に渡る長旅だった。岩倉具視以下,4人の副使は,木戸孝允,大久保利通,伊藤博文,山口尚芳。彼らは明治6年3月,当時新興のプロシアでビスマルクと会っている。ビスマルクは,外交は一見「万国公法(国際法)」によって行われているように見えるが,結局は力だ。「大国」は,自国に「利」があると思えば「公法」を守るが,ないと見れば「兵威」によってこれを覆す。「小国」は,必死に「公法」に拠ろうとするが,そんな努力は「大国」の力の前に吹き飛ばされてしまうのだ,と演説したという。それが明治政府の「富国強兵」政策につながる(『幕末開港と日本の近代経済成長』第5章参照)。
21世紀も20年以上が経ったが,国境を越えた軍事侵攻が続いている。ロシアに言わせれば,ウクライナはNATOと対峙するロシアとの緩衝地帯であるべきで,傀儡政権を倒して親西欧政権を作る「アメリカはけしからん」ということだろう。どっちもどっち。人類は進歩しているのだろうか。今もヨーロッパで極右が台頭している。危険な兆候だ。
生活が良くないと,庶民は極端に走る。史上もっとも民主的と言われたワイマール憲法下で1933年1月,ナチス政権が成立した。ヒトラーは,革命やクーデターで政権を奪取したのではない。ハイパーインフレ下の労働者の苦難と中産階級の没落という時代背景のなかで合法的に政権に就いたのである。有澤廣巳は,「末期のワイマールを共和派のいない共和国と評する人もいるが,共和派がいなかったわけではありません。闘う共和派がいなかったのです。民主主義はただそのままで自ら存続しうるものではない。民主主義を守る人々によって支えられているのだ。従って民主主義はいつも闘う民主主義でなければならない。ワイマールの哀しい歴史はそのことを教えているのであります」と書いている。平和はただ希求するだけで得られるものではない。平和は多くの人々の不断の努力で維持されているのだ(『経済発展の曼荼羅』第1章参照)。
資本主義社会に「格差」が存在するのは仕方がない。しかし「格差」が固定化してしまうのは,断じて避けねばならない。来月(2024年11月)は,アメリカ大統領選挙。「選挙の結果が出たら受け入れるか」と訊く記者に,ドナルド・トランプは「正しい結果なら受け入れる」と答えていた。どうして共和党員の多くがトランプのウソに騙されるのか,あるいは「ウソとは思いつつ,信じたい」と思うのだろうか。
トランプの「ウソ概念」は,多くの人と違っていると思う。「自分に都合がいいことは真実で,都合が悪いことはウソ」なのだ。9月10日(火)のカマラ・ハリスとの討論会のあと,トランプは,自分が勝った勝った,いろいろな調査で自分が勝ったという結果が出ていると記者に言っている。細かい数字は忘れたが,「90%,80%,70%,60%,・・・」で自分の勝ちだとはっきり言っていた。記者たちが,「それらの数字はどの調査か」と訊くと,答えなかった。最近のハリケーンに対する政権批判も根拠は言わない。記者が根拠を訊くと,自分で調べろと言い放っていた。何十年と「出任せ」と「はったり」で生きてきたのだろう。バンス副大統領候補もウソのお話を作ってもいいと公言している。
トランプおじさん,ロナルド・レーガンが最初に使ったと言われる選挙スローガン「Make America Great Again アメリカを再び偉大に」が好きらしい。ひょっとすると「自分がアメリカ大統領になることがアメリカを偉大にする」と思っているのかもしれない。トランプの関心は,自分あるいは自分のファミリーの金儲けだけだ。
ディートン夫妻の本,Anne Case and Angus Deaton, Deaths of Despair and the Future of Capitalism を読むと,4年制大学を出たアメリカ人とそれ以下の学歴のアメリア人の間に,あれほどの格差がきれいに観察されるのかと驚かされる。
経済政策の基本は,どうやって「成長と公平のバランス」をとるかということだ。先月,自民党の総裁選挙があったが,候補者のうち,保守色の強い政治家は成長至上主義で危うい。戦後日本の経済発展は,経済成長と公平の難しいバランスを達成して実現したのだ。耳学問でもいいから歴史を学んで欲しい。
戦後日本復興の政策哲学は,「効率と公正の追求(growth and equity)」であった。1954年8月に大蔵省が発表した『今後の経済政策の基本的考え方』では「コストの引き下げと雇用の拡大ということは相いれざる矛盾であるかに見えるけれども,この二つの要請を同時に達成することは,容易ではないにしても決して不可能ではなく,この点を解決して進むことこそ今後の経済政策の目標である」とはっきり述べている。
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