世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
ウソとはったり,そして「王冠」:G6 vs G2の世界?
(静岡県立大学 名誉教授)
2025.04.14
「愚者は経験に学び,賢者は歴史に学ぶ」と言う。そんなこと言っても仕方がないという論者もいるようだが,そうだろうか。ご本人に言っても無駄だし,トランプ「信者」に言っても無意味だ。アメリカにも,「常識」のある,世界経済の安定的発展と平和を求めている人たちが沢山いるはずだ。ここで言う「常識」は21世紀の「常識」。
明治の初め,1873年3月末,岩倉使節団は「鉄血宰相」ビスマルクに会っている。明治日本のリーダーたちは,「万国公法(国際法)」に基づく条約改正を目指していた。当時,弱肉強食が支配している国際社会をルールによって規制するモノとして万国公法を歓迎していた。ビスマルクは岩倉使節団を招いた宴で,自らが小さな新興国プロシアを率いて列強と奮闘した経験を踏まえ,外交は一見「万国公法」によって行われているように見えるが,結局は力だ。「大国」は,自国に「利」があると思えば「公法」を守るが,ないと見れば,「兵威」によってこれを覆す。「小国」は,必死に「公法」によろうとするが,そんな努力は「大国」の力の前に吹き飛ばされてしまうのだ,と演説したという(『幕末開港と日本の近代経済成長』,第5章)。プーチンも,そしてトランプも,頭の中はそういう時代を生きているのだろう。
ドナルド小父さん,1980年のキャンペーンでロナルド・レーガンが使ったスローガン「アメリカを再び偉大な国にする(MAGA)」が好きなようだ。「偉大な国にする」というスローガンは,受けるのだろう。「偉大な国」をどう捉えているのだろうか。よく分からない。よく分からないところがミソなのだろうか。ミクロとマクロに分けて考えてみよう。
「偉大な国」をミクロの観点で言うと,個人の暮らしが「豊か」になって,庶民が以前より沢山の幸せを感じるということだろうか。Easterlin paradoxを引くまでもなく,高所得国では経済成長によって所得が増えれば庶民が幸福になるとは限らない。World Happiness Report 2025では147か国の幸福度が計算されているが,アメリカは24位で過去最低の順位だった(日本は55位)。アメリカでは一人で食事をする人の数が大きく増加していて,2023年までにアメリカ人の4人に1人が全ての食事を一人で食べるようになるだろうと推計されている。
マクロはちょっと難しい。必要条件は国力だろう。国力,曖昧な概念だが,経済力,軍事力,政治力の総合力だろう。政治力は十分条件とも関わっている。
ウソとはったりなら,ドナルド小父さんの右に出る人はいない。例えば,2月24日のホワイトハウスでのマクロン大統領とのウクライナ支援の議論。ヨーロッパ諸国のウクライナ支援はすべてローンだから後で返ってくるが,アメリカは,グラントで支援しているのだと言うドナルド小父さんの腕をとってマクロンは,6割はグラントだと英語で訂正していた。それに対してトランプは,しらっと「あ,そうか」という顔をしていたので,はったりだったのだろう。
ウクライナの戦争についても,キャンペーン中は24時間で終わらせると豪語していたが,大統領になったら,6ヶ月はかかると変わった。記者たちはなぜ質問しないのだろうか。いやな質問をすると,記者会見から排除されるのだろうか。
誰がどういう意図で作ったか分からないが,王冠を頭にのせたトランプの姿がTime誌の表紙みたいなデザインで流布されたり,ガザを中東のリビエラに見立ててネタニヤフと二人で地中海を見ながら日光浴をしている動画には,巨大なトランプの金ぴか銅像も出てくる。トランプは,「ごますりの電話がたくさん来ている。電話越しにひれ伏し,どうか取引して下さいと懇願している」と言っている。本気でアメリカの王になるつもりか。イエスマンに囲まれた王様は,「裸の王様」になる。
トランプのアメリカは,先が読めない。そりゃそうだろう。ご本人も目先のことしか考えていないんだから。でも考えて欲しい。国を豊かにするためには,経済成長が必要で,そのためには物的投資も人的投資もイノベーションも必要だ。ビルや土地の売り買いはともかく,製造業など多くのセクターでは投資が生産に結びつくまでに時間がかかる。先行き何が起こるか分からない国で,企業は中長期の投資を控えるだろう。相互関税がスタートしたと思ったら,すぐ保留。民間企業はどうすればいいというのだろうか。
アメリカはやられたらやり返す。ちょっと待て,やり始めたのはアメリカだろ。そう言えば,ウクライナ戦争を「ウクライナが始めた」と言ってたな。ロシアが国際法を無視して軍事侵攻したのだ。どういう思考回路なのだろうか。1月末の米軍のヘリコプターとアメリカン航空の旅客機の衝突事故も,多様性プログラム(DEI)が事故の原因だと主張。調査が始まったばかりでどうしてDEIが事故の原因だと言えるのかと問われると,トランプは,「自分には常識があるからだ」と答えたという。困った「常識」だ。
ドナルド小父さん,国際法も法の支配にも関心がない。敵視しているかも知れない。G8だったら戦争は起きなかったと言っているが,我々が知らない何かがあるのかも知れない。我々は,G6 vs G2の世界に生きていかなければならないのだろうか。
関連記事
小浜裕久
-
[No.3701 2025.01.20 ]
-
[No.3590 2024.10.14 ]
-
[No.3486 2024.07.15 ]
最新のコラム
-
New! [No.3796 2025.04.14 ]
-
New! [No.3795 2025.04.14 ]
-
New! [No.3794 2025.04.14 ]
-
New! [No.3793 2025.04.14 ]
-
New! [No.3792 2025.04.14 ]
世界経済評論IMPACT 記事検索
おすすめの本〈 広告 〉
-
ASEAN経済新時代 高まる中国の影響力 本体価格:3,500円+税 2025年1月
文眞堂 -
国民の安全を確保する政府の役割はどの程度果たされているか:規制によるリスク削減量の測定―航空の事例― 本体価格:3,500円+税 2025年1月
文眞堂 -
ビジネスとは何だろうか【改訂版】 本体価格:2,500円+税 2025年3月
文眞堂 -
日本企業論【第2版】:企業社会の経営学 本体価格:2,700円+税 2025年3月
文眞堂 -
百貨店における取引慣行の実態分析:戦前期の返品制と委託型出店契約 本体価格:3,400円+税 2025年3月
文眞堂 -
文化×地域×デザインが社会を元気にする 本体価格:2,500円+税 2025年3月
文眞堂 -
カーボンニュートラルの夢と現実:欧州グリーンディールの成果と課題 本体価格:3,000円+税 2025年1月
文眞堂