世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3701
世界経済評論IMPACT No.3701

経済発展と構造変化:官民連携と信認

小浜裕久

(静岡県立大学 名誉教授)

2025.01.20

 「経済発展と構造変化」,なんだか「開発経済学入門」のイントロみたいなタイトルですな。高所得国はともかく,中所得国,低所得国にとって,所得水準が高くなることは「善」だと思う。どうやって所得が高くなるのか。長期の経済発展過程で経済構造が変わらずに所得が高くなるのは,普通はない。突然石油が出たとか,ダイヤモンドの鉱脈が見つかったという国はともかく,日本や韓国のような資源稀少国では,経済構造変化のプロセスの中で所得が高くなる。

 ずっと農業国で高所得国になろうという国は例外的だ。経済の重心が第1次産業から第2次産業へ,さらに第3次産業に移っていくという「ペティ・クラークの法則」は,中学・高校の社会科の授業で習うだろう。「ペティ・クラークの法則」は元々,付加価値の構造変化でなく労働者のシェアの変化で議論された。

 「ペティ・クラークの法則」は経済発展過程の実証分析の入り口だと思う。第2次産業と言っても,鉱業も製造業も含まれる。工業化は製造業の発展だ。でも,製造業の中にも軽工業もあれば重化学工業もある。細かく見ると鉄鋼業もあれば機械工業もある。さらに,電子機械工業と言っても,電卓を作るのと先端半導体を作るのは,やはり違う。

 比較経済史の専門家が歴史的職業データを資料として労働力構造分析の共同研究を進めている。まだ少し時間がかかるようだが,18か国のデータがそろったところで,まとめの分析が出てくるようだ。様々な専門家の研究が出てくれば,経済発展過程の動きも,政策インプリケーションも徐々に明らかになるだろう。

 結構長く経済発展を勉強してきたが,分からないことも多い。近著でも日本やアジア諸国について構造変化を考えた。例えば,台湾の工業化率の変化を見ると,いろいろ考えることがある(『経済発展の曼荼羅』,図7-4c)。

 1981年22%程度だった台湾の工業化率(GDPに対する製造業のシェア)は1986年に25%程度に上昇したが,21世紀初めにかけて低下し,2001年には18%を切っている。ところがそこから台湾の工業化率は上昇を始め,今では35%程度だ。多くの国では見られない変化のパターンだ。台湾の製造業の中で構造変化が起こったとしか考えられない。

 製造業一本のシェアだけで見ては,経済発展過程の構造変化を把握するのはダメで,中分類でも不十分だろう。電気・電子機械で見ても,台湾だと昔は電卓のようなローテク電子機械が主流だったが,いまや半導体だ。と,これは仮説だが,細かい分類のデータで実証的に跡づけるのはけっこう大変だ。さらに,開発政策論としては,台湾の半導体工業の発展には,官民の連携がうまくいったことが大きいと思う。この点も,まだまだ仮説の域を出ない。

 戦後日本の高度成長を考えてみよう。1950年代後半から1973年の第1次石油ショック頃までの日本経済だ。日本は「輸出主導型」の開発政策を「産業政策」で後押しして先進国に脱皮したと言う論者も多い。1960年代半ばまでの貿易赤字基調を考えれば,世界市場で競争に勝てる製品を作って外貨を稼ぐという意味なら,「輸出主導型」と言えるだろう。しかし輸出/GDP比率のトレンドで見ると,高度成長期に日本の比率は,韓国と違って急に上昇はしてはいない(『経済発展論:日本の経験と発展途上国』,表8-1)。

 「産業政策」をどう考えるか。関税や輸入制限,政策金融,税制優遇などで国内の製造業を振興しようとするのは,長期的には間違った政策だ。戦後日本の高度成長期の産業政策は,民間と政府の密接なコミュニケーションによって先進国を目指そうという共通認識でリスクを低下させた政策だ。日本のOECD加盟は1964年。将来の自由化に備えて,保護された寡占市場でも民間企業は厳しい競争を勝ち抜かなくてはならなかった。戦後日本の高度成長の主役は民間部門のダイナミズムであった。資本・貿易の自由化は政府がやったのではなく,石坂さんの強力なリーダーシップで実現した,という証言もある。自由化に関して当時石坂さんが経団連会長で「即時,自由化すべき。これを延ばすことは大人が乳母日傘だ」と言っていたという(『戦後日本の産業発展』,203-204頁)。

 トランプおじさん,関税をかければアメリカの雇用は増加し,財政収入も増えると御満悦。小さい低開発国の独裁者が考えそうな政策だ。「ウソとはったり」で不動産屋をやるのは目をつぶることが出来るが,大きな国を治める力があるか,大いに疑問だ。能力も考えずに国防長官候補を決めるなど,これまた小国の独裁者。

 トランプおじさん,中国だけでなくカナダにもメキシコにも高関税をかけると言う。USMCAを破棄しようというのか。それとも「脅し」の交渉スタイルか。カナダは報復関税の準備を始めたという報道もある。世界大恐慌の再現か(『世界経済の20世紀』,図3-1)。

 地球温暖化も認めないし,自分が大統領になれば,インフレは収まると胸を張る。でも,キャンペーン中の政策を聞くと,インフレが高進するだろう。ウソがばれ,多くのアメリカ国民がそれを実感するには,4年くらいかかるだろうから,もうやめてるさ。おそらく,そういう生き方をしてきたのだろう。台湾の生き方も,日本の生き方も,トランプおじさんの生き方とは違う。台湾の半導体企業の経営者たちは,政府とも連携し,自分たちの人脈も活かし,ウソもはったりもなく,資本蓄積に邁進し,イノベーションに励んだのだと思う。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3701.html)

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