世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2688
世界経済評論IMPACT No.2688

サウジアラビアの飲食産業:パンデミックを超えて

川合麻由美

(Phoenix LLC社 上級コンサルタント(在サウジアラビア))

2022.09.26

 過去二年超に及ぶパンデミックにおいて,日本では緊急事態宣言や蔓延防止法が繰り返され,多くの飲食店が閉店を余儀なくされたり,損失を出しながらの経営を強いられてきた。サウジアラビアでは,パンデミック初期には鎖国状態,都市間の移動禁止に加え,都市部での長期にわたる外出禁止令等が発令され,2019年から2020年にかけ飲食産業のGMV(流通取引総額)は約35%減少の約560億リヤル(約2兆1,486億円)となったが,2020年から2023年にかけての年平均成長率は26%(コロナで落ち込んだ部分が含まれているため成長率が高くなっている)になると予想されている。サウジアラビアでは飲食産業が日本ほどの影響を受けず,すでにポストコロナとなったこの国でまだ伸びしろのある産業となっているのはなぜなのだろうか。

 これには,①外出禁止令発令時は政府が人件費負担等のかなりの支援策を講じたこと,②開国に向けワクチン接種を積極的に施策に入れワクチン接種を商業施設入館の前提条件にしたことなどの政策的要因に加え,③海外への渡航禁止により常時であれば海外旅行・出張などの国外で消費されていたお金が国内にまわったこと,④イベント開催の禁止等で,外食そのものが他国に比べよりエンターテイメント的意味をもつサウジアラビア特有の文化的背景など他多数の要因がある。ここでは特にコロナ禍以前から浸透していたデリバリーサービスに注目したい。

 サウジアラビアのデリバリー市場は2022年にはGMVが約24億ドル(約3,469億円)に達する見込みで,2022年から2026年の年平均成長率は7.5%,2026年には約32億ドル(約4,619億円)に達するとみられている。デリバリー市場の急速な拡大をさらに後押ししたのがコロナ禍で,急速に浸透した非接触のキャッシュレスでの支払いやオンラインペイメントを政府が推奨したこと,店内飲食が禁止された時期には,デリバリーとテイクアウトが唯一の生き残りの策となったレストランがデリバリープラットフォームへの登録を加速したことである。

 主なデリバリープラットフォームは,Hunger Station,Jahez,chefz,Talabat,Mrsoolがある。Hungerstationは一時優勢であったが,現在JahazとChefzの伸びが大きい。Mrsoolは飲食だけに限らないデリバリーであり,「お使いサービス」ともいえるもので,例えば自分が食べたいと思うレストランがデリバリーを行っていないときに,Mrsoolに依頼してデリバリーをしてもらうことができる。

 現在デリバリー業界のトップJahezは2016年設立,国内約50都市に展開しており,2020年のGMV(流通取引総額:プラットフォームで消費者が購入した商品の売上の合計額)は14億リヤル(約539億円),このうちの約11%がデリバリーコミッションなので,Jahezの売上は1億5400万リヤル(約59億円),2022年1月に上場をはたした。

 一方,マクドナルドやKFCといった大手はこういったデリバリープラットフォームに頼るのみでなく,自社のデリバリーサービスも構築している。

 デリバリーがよく使われる一例を挙げると男性のたまり場としてのDiwaniyyaがある。レクリエーションとして女性同士が集まる場合は,お互いの家で集まる一方,男性はDiwaniyyaと呼ばれる場所を通常年間契約で借りて集まることが多い。いわば男性のたまり場である。このDiwaniyyaは例えば10人の友達のグループがあるとすれば,この10人がお金を出し合いアパートやヴィラなどを借り,そこでのスナックや必要品もみんながお金を出し合う。このたまり場では,ビデオゲームやボードゲーム,Netflix,サッカー観戦などに興じるわけであるが,食事はたいていの場合誰かが外からテイクアウトしてくるか,デリバリー利用が常である。このようにテイクアウトやデリバリーが元々生活の中に組み込まれていたため,パンデミックが始まってからのシステム構築やマーケティングが不要で,既存システムを消費者が抵抗なく使うことができた。

 しかし,独立系のアイスクリームショップは,デリバリーシステムが発達してもコロナ禍で苦戦したようである。コロナ前に非常に高評価であったリヤドのストリップモールに出店していた独立系のアイスクリームショップはパンデミックが始まってから一年後に再訪すると,かなりの割合で閉店していた。これはアイスクリームだけではなかなかデリバリー注文に至らないこと,質を保ったデリバリーが難しいことに起因しているようである。また,アイスクリームは食事の後や,買い物ついでに等,何かかのついでに家族や友人と立ち寄って食べるようなことが多いが,コロナ禍で,この「何かのついでに」というところが削り取られてしまったのも要因であろう。

 コロナ禍の諸条件緩和で,皆が一番先に取り戻したのは外食という娯楽であった。サウジアラビアが自国民の渡航緩和に至るまでは約一年半近くかかっており,規制緩和された後のレストランなどはこれまでにない数の客が来店し,注文をさばききれないウェイターを多く見かけ,客が苦情を言っているケースもみた。東部のホバール やダンマームは,常時であれば橋を越えて30~40分でビザなしで行ける隣国バハレーンの飲食店も競合となりうるが,コロナ禍の鎖国中はバハレーンに娯楽のために行くような人が国内にとどまるため,週末のピーク時の東部の混雑ぶりはこれまでにないほどであった。

 日本ほどのダメージを受けていない飲食産業は伸びしろがある分,競争も激化している。首都リヤドが飲食産業の激戦区であるが,コロナ禍の最中はまだ競争の波は西部のジェッダには至っていなかった。しかし,この流れはすでにジェッダに到達しており,計画性なく出店した店舗の移り変わりが早くなってきている。コロナ以前は飲食産業の利益率は少なくとも20-25%と言われていたが,競争激化に加え,人件費の上昇,不動産価格の上昇もあいまって,出店すれば何らかの利益が出るといった甘い時期はとうに過ぎている。

 これまでの大雑把な費用計算,市場や競合に関する知識,マーケティング計画をもたずしては利益どころか継続が危ぶまれる境地に以前より速いペースで立たされてしまう。サウジアラビア自体のこれまでにない変化とそのスピードをいかに読むかも飲食店の生き残りに不可欠である。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2688.html)

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