世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
サウジアラビアのキャッシュレス社会への変革:デジタル決済の台頭
(在サウジアラビアPhoenix社 役員)
2025.04.14
サウジアラビアでは,日本以上に電子決済が浸透しており現金を持ち歩かずとも生活が成り立つ。2016年に政府が発表した包括的発展実現のための成長戦略を示す“ビジョン2030”では,2030年までにキャッシュレス決済を80%にまで引き上げることを目指している。“ビジョン2030”が特にデジタル化と金融包摂に重点を置いたことにより,金融イノベーションの環境整備が促進され,国内外のフィンテック企業がサウジアラビアで成長した。また,デジタル取引を支援する積極的な政府政策,銀行,フィンテック企業,小売業者間の戦略的パートナーシップによる決済システムの強化と,詐欺防止のためのサイバーセキュリティに対する多額の投資がこの変革を後押しした。
政府主導での取り組みに加え,サウジアラビアのキャッシュレス化が加速した要因はいくつかあるが,COVID-19のパンデミック中は,政府のみならず消費者がオンラインやデジタルの非接触型決済を好んだこともあり,2020年の国内における現金引き出しの回数は前年比で約30%減少した。パンデミックがキャッシュレス化を後押しすることとなったことも要因である。また90%という高いスマートフォンの普及率は,モバイルベースの取引の基盤となり,電子決済の成長に大きく貢献している。若い世代は,日常的にスマートフォンを金融取引に使用している。また,2020年8月25日には,商務省の反国家商業隠蔽プログラム(2017年から開始)の一環として,それまで段階的に電子決済の導入が義務付けられていたセクターだけではなく全ての小売に電子決済の導入が義務付けられ,小売実店舗にも電子決済が浸透することとなった。サウジアラビアでは法律により小売店舗はPOS 端末の設置が義務図けられ,現金とデビット払いは最低限の決済方法として顧客が選べる状態になければならないことが規定された。中央銀行に相当するサウジアラビア通貨庁(SAMA)の国家決済スキームである“MADA”が使用できることは必須であるが,Visaやマスターカードなどによるクレジット払いは必須ではない。
POS端末数は,2019年の約44万台から2023年には170万台以上に増加(約300%の増加),POSを通した販売額は2023年には6,150億リヤル(約1,640億ドル)に達し,2019年の2,880億リヤルから113.4%増,取引件数は約453%増となっており,短期間に電子決済が浸透したことがわかる。
電子決済の浸透度はサウジアラビア国内に一歩足を踏み入れれば容易に実感できる。小売店舗では,現金とカードまたはモバイル決済のいずれかの支払い方法が選択できなければいけないと規定されていても,店舗がおつり分の現金がなくカード払いを余儀なくされることもしばしば,その結果購入を断念ということにも遭遇する。また,サウジアラビアでは人々は現金を持ち歩かずカードのみ,携帯のみという人が多く,現金払いが今では圧倒的に少ないことの証左と言えよう。また,セルフレジでは現金対応はしておらず,キャッシュレス決済が基本である。
サウジアラビアにおけるPOSシステム・端末のメインプレイヤーはサウジ企業のGeideaやフランス企業のIngenico等である。Geideaは2008年設立で,およそ75%のマーケットシェアを持つ。これらに加え,他の小規模・新規参入企業も存在する。Halaはその中の一つであるがPOS端末をイベント時等の必要期間だけレンタルするというプランを提供している。これにより,短期間のみ小売りに従事する小売りライセンス保持者は端末1台あたり平均1,000ドル以上もの大金を支払って端末を購入する必要がなくなる。このプランはPOSシステムや端末を短期間のみ導入したい中小企業のオーナーやオンラインショップに適したサービスとなっている。しかしこのような比較的新しい企業の端末システムにはカードリーダーの不具合で電子決済がされていないケースがあったり,POSデータが先月分と今月分が分離されず最終的にマニュアル計算になってしまった等のバグがあった例があり,改善の余地がある模様である。
湾岸諸国では最も成熟したデジタル決済市場として,UAEがリーダーとしての地位を確立しているが,サウジアラビアは積極的なインフラ投資と消費者重視の政策を通じその差を縮めている。サウジアラビアでは現在,小売では電子決済は約70%となっており,今後5年間で電子決済は85−90%に達すると予測されている。若年人口の割合が高いサウジアラビアでは,電子決済に抵抗のない人口が多く,このような消費者の需要,利便性,モバイル技術の継続的な進歩に牽引されたデジタルウォレットや非接触型決済方法の利用も一層増えると見られている。
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