世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3469
世界経済評論IMPACT No.3469

急成長するサウジのホスピタリティ市場

川合麻由美

(在サウジアラビアPhoenix社 上級コンサルタント)

2024.06.24

 サウジアラビア(以下サウジ)の観光地としてのプレゼンスが急上昇している。2023年には年間観光客数が1億人を超え,当初の目標を7年前倒しで達成した。新たに設定された目標は,2030年までに観光産業に8000億ドルを投資し,年間観光客数を国内旅行者8,000万人(2023年時点で約7700万人),海外旅行者7,000万人(2023年時点で約2700万人)の計1億5,000万人に設定している。ビザ取得も簡易化,迅速化されており,サウジの観光ビザは,現時点で日本を含む57国籍がオンラインで申請可能であり,問題がなければ申請後10分足らずでビザが取得できる。

 サウジは,インフラ,観光業の革新,不動産への投資に,2030年までに378億ドルの開発費を充て,32万室の宿泊施設を新規に提供するという,これまでに前例のない規模での観光振興計画をたてている。2030年にサウジで開催される万博や,2034年のサッカーワールドカップはホテル需要をさらに押し上げると期待されている。

 首都リヤドは,ビジネス旅行者によるホテル需要が高まる一方,紅海沿岸のジェッダはレジャー観光の玄関口として旅行者の需要が高い。また,世界遺産でもあるアル・ウラやディルイーヤのような歴史的名所も,観光客の需要は高く,ホテル部門への投資が増加している。リヤドでは,冬季のイベント・見本市が相次ぐハイシーズンには,需要の多さからホテル滞在費が夏季の2~3倍となるケースも少なくない。ホテルの供給不足をAirbnbのような民泊が補っているともいえ,このような民泊運営を物件オーナーに代わって運営する会社も存在し,チェックイン・チェックアウトのみならず,室内デザインから家具,清掃,アメニティ準備までを一括で請け負うような会社もある。

 年に一度の聖地メッカへの宗教的巡礼「ハッジ」が6月14日から19日に行われた。今年は180万人を超える人がメッカを訪れた。このような宗教行事に合わせた観光は,依然として観光戦略の要となっている。2023年には,コロナ禍前の約3倍に上るおよそ2700万人が巡礼者としてサウジを訪れ,2,600万ドル以上を消費したとされている。メッカとイスラムの第2の聖地とされるマディーナ(メディナ)には約22万室を超える宿泊施設が新規のホテルとして計画されている。

 サウジの観光セクターの特徴の一つは,2015年以降国内からの観光客数が増加しており,経済的に健全なレベルの国内観光需要が創出されていることである。ここ数年の増加率が2~3%になったことで成熟市場になった感もあり,今後とも国内観光の需要は高い。

 今一つの特徴は,高級ホテルの多さである。イギリスの不動産コンサルタント企業であるナイトフランクの分析によると,サウジアの既存ホテルの66%は高級のカテゴリーに分類され,2030年までにこのセグメントは72%に拡大,ホテル客室数では約25万1,000室が高級カテゴリーに属することになる。

 サウジの一大プロジェクトの一つである西部タブーク州の紅海沿岸に建設中の計画都市「NEOM」には,ラグジュアリーホテルやリゾートを擁するシンダラー島などがある。こうした壮大な規模のギガプロジェクトには,ラグジュアリー・高級ホテルの建設計画が多く見受けられ,アル・ウラやディルイーヤといった世界遺産の周辺にもこのセグメントのホテルが多い。

 不動産関連企業の人々は,コロナ禍以前からサウジでのホテル運営には大きなポテンシャルがあると語っていたが,この可能性は現在一層強まっていると言えよう。例を挙げると,インターコンチネンタルやクラウンプラザを含む5ブランドをサウジで運営するIHGは,サウジアラビア本社をリヤドに設け,現在40のホテルを運営,今後3~5年で新規に36のホテルを開業する予定である。

 このように需要が極めて高いサウジの観光・ホスピタリティセクターであるが,最大の課題とされるのがハイエンドホテルに見合う人材・熟練スタッフの不足である。ホスピタリティセクターの急速な拡大により,ホテルマンのみならずシェフからITまで熟練した人材への需要が高まっているが,供給が追い付いていないのが現状である。また,ローカルのホテルチェーンにおいては4スターでも英語ができるスタッフの確保が十分でないことも散見され,ランドリーでの紛失,取り違えの多発といったトラブルもあり,サービス面でのクオリティが確保できていないホテルが多数ある。

 こうした課題に対処するため,政府は観光関連分野向けホスピタリティ人材の育成とトレーニングの機会を提供するため,年間約1億ドルの予算を配分し,毎年10万人のサウジ国民の同セクターへの就労機会の提供と国内外での訓練プログラムの提供を計画している。

 サウジは,ホスピタリティにあふれる文化,国民性を持つ国であり,それがトレーニングやスキル向上とうまく融合すれば,唯一無二の体験を観光客に提供できるようになるであろう。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3469.html)

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