世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
取引に公正性・透明性を:コロナ後の日本経済の再生を考える前に
(早稲田大学・文京学院大学 名誉教授)
2022.09.12
今年(2022年)8月,東京五輪・パラリンピックのスポンサー選定などをめぐる受託収賄容疑で,大会組織委員会元理事が逮捕された。スポンサー企業と組織委員会の間で契約が結ばれる1年以上前に,スポンサー側に便宜を図り,元理事がスポンサーに内定したなどと伝えていたという。東京地検特捜部は,元理事がスポンサーを実質的に決める権限があり,コンサルタント料名目で賄賂を支払うよう要求した可能性があるとみて,選定過程を重点的に調べるという。
この事件を聞いて,2021年9月当時の理事長や理事が逮捕された日大事件を思い出した。日本大学の付属病院の建て替え工事契約や医療機器の調達をめぐり,日大の関連会社「日本大学事業部」が業者と取り交わした契約をめぐって,大学の理事長や理事が大学側に損害を与えた背任の疑いがもたれた。
日大事件は,公正取引委員会が医薬品卸会社の談合を告発し,東京地検特捜部の「経済班」がこの談合事件を捜査する過程で発覚した。大阪の医療法人の理事長が絡む不透明な資金の流れが見つかり,この医療法人の理事長も逮捕された。さらに,日大の理事と医療法人の理事長と親しい都内の医療関連のコンサルタント会社も深く関与していたこともわかった。
捜査過程で医療法人の理事長は,日大理事長に誕生日祝いや理事長再任祝いとして,「現金3000万円を2回に分け計6000万円を渡した」と供述したという。これに対して日大理事長は,金銭は受け取っていないと述べた。日大自体も,損害を被ったという事実関係が不明として,被害届の提出を保留した。背任の嫌疑について逮捕された日大理事は,日大理事長には付属病院建て替えや医療機器の納入については報告をしていないと証言した。検察側は立証の決め手を欠き,理事長の背任行為について立件することは難しくなった。検察側は,結局,日大関係業者などから受領したリベート収入などで得た所得を申告せず,約5300万円を脱税したとして,理事長を「所得税法違反」で逮捕した。理事長は裁判でこれを認め罪も確定し一件落着となった。今後は,日大元理事と医療法人の元理事長の裁判の経過を見守りたい。
東京五輪・パラリンピック大会組織委員会事件と日大事件については,共通する問題が浮かび上がってくる。第1は,組織のガバナンスの問題である。スポーツ関連のコンサルタントをしている人物を組織委員会の理事にし,スポンサー選定の窓口にした。この理事は,大会のマーケテイング事業を請け負う広告代理店の元経営陣でもあった。利益相反の可能性はないのだろうか。この理事は,大会役員になると「みなし公務員」になることは知らなかったという。大会事務局は,役員就任に際してどのような説明をしたのであろうか。事件発覚後に,大会組織委員会は解散しているとして何の対応もしていない。
最近目立つのは,事件が起こったとき企業や役所や政治家の事務所など,その時の担当者はすでに退職しているので調べる方法がないという。しかし,記録は残っているはずである。もし,記録が残っていないとすれば,そのことこそが,重大な問題である。JOC,東京都,そして文部科学省は,大会組織委員会の組織としての構成や運営に問題がなかったか,点検ではなく調査・検証する必要があろう。
これは,日大についてもいえる。第3者委員会の調査で,大学のガバナンスが指摘された。ガバナンスが欠如するようになったのはなぜか,新しい理事長のもと,この事件について自ら調査・検証することなく,大学の再生はあり得ない。
第2は,オリンピック・パラリンピックおよび大学の所轄(「担当」)官庁である文部科学省の対応の問題である。日大事件については,「私大の自主性も考慮する必要があり,過度な介入はしにくい」と言って明確な関与を避けた。明確な基準のもと,法的根拠をもとに介入の理由を説明すれば,介入しても問題はないはずである。大会組織委員会の件についても同じである。行政裁量で対応しようするから,問題が起こるのである。
第3は,専門職の役割である。公認会計士や顧問弁護士などには,専門職として組織の運営において問題がないか,「門番」の役割を果たすことが求められる。問題を起こした組織を守ることが本来の仕事ではないはずであろう。今一度,職業倫理に立ち戻り,自らの使命・責任を果たすべきではないだろうか。
第4は,最も重要な問題であるが,不公正かつ不透明な取引に対する日本社会の意識の低さである。日大事件では,理事長が業者からのリベートなどを受け取ったことを認めている。しかし,大学のような公共性の高い組織の理事長個人に,なぜ何千万円というリベートや就任祝いなどが業者から供与されるのであろうか。大会組織委員会では,企業側が便宜を図ってもらおうとして賄賂性のある金銭を理事に与えた。
多くの日本企業は,買収賄・腐敗防止に真剣に取り組んでいる。しかし,一部の政治家や経営者たちははいまだに,不透明かつ不公正な取引から抜け出していないようである。政府や企業が,いかに優れた金融政策,財政政策,成長戦略を採用しようが,いろいろな分野で不公正かつ不透明な取引がまかり通るようでは,日本経済の再生は実現できない。
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