世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
世界経済秩序の分断と変質するグローバル化
(杏林大学 名誉教授)
2022.07.18
地政学的リスクに大きく揺らぐ世界経済秩序。米中対立やロシアのウクライナ侵攻によって,世界経済秩序が分断の危機に直面。もはやこれまでのようなグローバル化は望めず,国も企業もグローバル・サプライチェーン(供給網)の見直しを余儀なくされている。変質するグローバル化にどう向き合うべきか。
分断される世界経済秩序:フレンドショアリングが急浮上
世界経済秩序が分断の危機に直面している。米中対立に加え,ロシアのウクライナ侵攻と日米欧による経済制裁をきっかけに,中露が接近し,「民主主義対権威主義」という対立の構図が先鋭化しつつある。
イエレン米財務長官は今年4月の講演で,法の支配や人権などの価値観の共有や安全保障の点で信頼できる国々でサプライチェーンを構築する,いわゆる「フレンドショアリング」を提唱した。これは,世界貿易機関(WTO)が理念としている自由貿易主義からの後退と,効率重視のサプライチェーンからの脱却を意味する。
米国は,同盟国や友好国による連携強化の動きを加速させている。日米豪印の「Quad(クアッド)」,米英豪の「AUKUS(オーカス)」といった枠組みを設け,半導体などの戦略物資やAI(人工知能)などの先端技術を念頭に,サプライチェーンの再編や技術協力の推進が議論されている。
さらに,バイデン米大統領が今年5月の訪日中に宣言した「インド太平洋経済枠組み(IPEF)」の創設も,その一環といえる。デジタルを含む貿易の円滑化,強靭なサプライチェーンの構築,インフラ整備・脱炭素,税・反腐敗の4分野を対象としているが,具体的な協議はこれからだ。
米主導のフレンドショアリングを通じて,同盟国・友好国間で先端技術の標準化やサプライチェーンの再構築が促進され,また戦略物資・先端技術の融通や貿易管理・投資審査による囲い込みが行われることになろう。
フレンドショアリングには,中国やロシアを排除しようとする米国の意図が隠れている。しかし,米国がインド太平洋戦略のパートナーに取り込みたいASEAN諸国は,中露排除に消極的である。さらに,Quadのメンバーであるインドも,中国とロシアとの関係を断ち切れないでいる。このように,中露との距離,価値観の共有はインド太平洋でも一様でなく,フレンドショアリングをアジア諸国に展開していくのは容易なことではない。
ウクライナ危機後,日米欧によるG7に対抗して,中露が新たな枠組みを模索し始めた。ブラジル,ロシア,インド,中国,南アフリカの新興5か国(BRICS)が6月下旬,相次いで開催されるG7サミットや北大西洋条約機構(NATO)首脳会議を前に,オンライン形式による首脳会議を開いた。習近平国家主席とプーチン大統領は,BRICSの結束を誇示して日米欧を牽制するなど,世界経済秩序の分断を印象付けた。
議長国の中国は,中露への非難を強めるG7に対抗するため,BRICSの連携を強化・拡大しようとしている。5月の外相会議で中国が提案した加盟国の拡大にはロシアも前向きな姿勢をみせており,今回,インドネシアやアルゼンチン,サウジアラビアなど9カ国を会議に招待した。今後,参加国数でG7を上回るために,BRICS+αに向けた動きが一層強まるとみられる。
国際協調体制の亀裂:機能不全のG20
そうした中,20カ国・地域(G20)会議が機能不全に陥った。先進国と新興国の対話の場であるG20はロシアへの対応をめぐって亀裂が深まっている。G20の亀裂は,米中の覇権争いを背景に以前から指摘されていたが,ウクライナ危機がダメ押しとなった格好だ。
ロシアのウクライナ侵攻後初めての主要20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議が今年4月,米ワシントンで開催された。しかし,米国や英国,カナダなどがロシアに抗議して途中退席する異例の展開となり,共同声明を出せずに閉幕した。
エネルギーや食糧の価格高騰とインフレ懸念,コロナ禍で膨らんだ途上国の過剰債務など,喫緊の課題に関する議論は深まらず,具体策も示せず,G20は機能不全に陥っている。
インドネシアのバリ島で7月に開かれたG20外相会合では,日米欧と中露の対立が先鋭化する一方,インドなど新興国の一部はいずれの陣営とも距離を置く姿勢を見せ,G20が3極に分かれる図式となった。日米欧にとっては,ウクライナ侵攻を続けるロシアへの圧力を強める上で,新興国を取り込むことの難しさが浮き彫りとなっている。
議長国インドネシアはG20からのロシア排除に同調せず,中立の姿勢を保ち,ロシアのG20参加を容認している。だが,11月にインドネシアのバリ島で開かれるG20首脳会議では,プーチン露大統領を排除する動きが再燃しそうだ。
結局,ロシアが参加する限りG20は機能しそうもない。ウクライナ危機が収束しても,時計の針はもう元には戻らない。「日米欧」対「中露」という新たな冷戦へ突入する可能性が高く,G20は亀裂が深まり,仮に開催されても機能不全を一層浮き彫りにする結果となろう。
変質するグローバル化への対応
グローバル・サプライチェーンの脆弱性が露呈し,地政学的リスクの高い国に供給を過度に依存するリスクが明らかになった。供給が途絶した場合の社会的コストが大きい物資,例えば,半導体や医療品などの戦略物資については,経済安全保障の観点からサプライチェーンの強靭化,すなわち,供給途絶ショックに強いサプライチェーンの再編への取り組みが重要である。
しかし,どの国も,すべてのサプライチェーンを国内だけで完結すること(リショアリング)は不可能である。そのため,今後,国々の信頼に基づく連携強化を通じてグローバル・サプライチェーンの再編が進むとみられる。
このフレンドショアリングによって深まる分断は,企業にとって強い逆風だ。地政学的リスクへの懸念が高まる中,もはやこれまでのようなグローバル化は望めず,多くの企業がグローバル・サプライチェーンの見直しを余儀なくされるだろう。自由貿易の理念が後退し,経済安全保障の論理が台頭している。
変質するグローバル化にどう向き合うべきか。今や経済安全保障の徹底が,国や企業が進めるグローバル化の大前提となった。グローバル化と経済安全保障の両立を目指すしかない。
そのためには,米通商代表部(USTR)のタイ代表が5月の講演で訴えたように,従来よりもずっと打たれ強い,バージョンアップしたグローバル化が必要だ。効率性と低コストを単純に追求するだけでなく,経済安全保障の観点から,強靭性が不可欠となった。国も企業も,効率とリスク削減の均衡点を見出すという難題を突き付けられている。
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