世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
ロシア経済:物価と輸出に注目
(丸紅経済研究所 所長代理)
2022.05.23
本稿では経済制裁下にあるロシア経済について考えてみたい。経済制裁の効果は,需要または供給に直接・間接的に働きかけて実質GDPを押し下げる短期的効果と,生産要素(ヒト・モノ・カネ・技術)を制約することで潜在成長率を押し下げる長期的効果に分けられる。ここでは特に短期的効果について考えたい。考察にあたってはロシア政府発表の経済統計を用いた。この期に及んでロシア政府発表の経済統計を使った理由は2点だ。まず消極的理由としてはロシア国内の詳細な経済統計はロシア政府しか作成していないので,これに依拠するしかないということ。次に積極的理由としてはIMFが2020年12月1日時点で全般的にロシア政府のデータ提供は適切であると評価している点が挙げられる。但し足元では貿易統計の公表が遅れるなど,ロシア政府経済統計の客観性・中立性が危ぶまれている点には注意したい。
最初に結論を述べると,当面のロシア経済を観察するにあたっては,①現在の前年比20%近い消費者物価上昇率が続くか否か,②油価高騰で好調な輸出が3月以降も続いているか否か(そもそも油価高騰は続くのか),の2点に注目することが重要だ。以下順を追って説明する。
強烈な経済制裁下にあるロシア経済を観察するにあたり,視点を3つに絞りたい。消費,投資,輸出入である。
まず消費だ。経済制裁の影響でルーブルの減価が起こったことで,もともと前年比+10%近い伸びで推移していた消費者物価は2022年3月には前年比+16.7%まで急上昇,4月も同+17.8%と加速した。過去10年間でロシア経済は2015年と2020年にマイナス成長を経験している(それぞれ前年比▲2.0%,▲2.7%)。参考になるのは2015年で,この時ロシア政府は油価急落によるルーブル下押し圧力に抗しきれず変動相場制に移行,結果通年で消費者物価は前年比+15.6%上昇し,実質GDPベースの消費は前年比▲8.0%となった(ロシアでは消費が実質GDPの8割近くを占めているため,消費の実質GDPに対する寄与度は▲6.2%となった)。現在でも足元の消費者物価上昇が1年間続けば(ルーブルが一層の下落を続けないとすれば,前年比でみる消費者物価上昇圧力は1年で一巡し消滅する見込み)2015年同様に消費の減少がGDPを大きく押し下げることになろう。しかし2015年は変動相場制に移行したことでルーブルが下落後の水準で定着しインフレ圧力がほぼ1年間に亘って生じたのに対し,足元では既にルーブルの市場レートは侵攻前の水準に戻っているという点が異なる。「主要通貨を使えないロシアにとって為替レートに意味はあるのか」「もはやロシアでは為替レートと物価の関係は消滅したのでは」といった意見もあるが,いずれにせよ当面のロシア経済を観察するにあたっては消費者物価が最大の注目点だ。
次に投資だ。2015年はルーブル防衛のためロシア中銀が政策金利を最大17%まで引き上げた結果,実質GDPベースの投資は前年比▲11.7%となっている(ロシアでは投資が実質GDPの2割強を占めているため,投資の実質GDPに対する寄与度は▲3.0%となった)。足元でもロシア中銀はルーブル防衛のため政策金利を最大20%まで引き上げた(5/13現在は14%に引き下げ)。ロシア政府の大規模な財政出動がなければ,足元の投資は大きく減少するだろう。
次に輸出入だが,これが一番の不透明要因だ。2015年のマイナス成長は油価急落に端を発したこともあり,2015年通年の輸出は金額ベースで実に前年比▲31.3%となった。一方,ロシアの今年3月以降の貿易統計は見当たらないものの,油価高騰で1月,2月の輸出はそれぞれ前年比+74.0%,+63.6%と大幅な伸びを示していた。もし3月以降の輸出が減少するなら,2015年と同様の展開となろう。一方,3月以降も輸出が増勢を維持するとすれば,名目輸出額の増加に伴う利得(交易利得)がロシア国内に還流し,先述の消費や投資を下支えすることで,2015年とは異なる展開になることも予想される。
輸入も独特の動きをする。2015年は内需縮小に伴い実質GDPは前年比▲2.0%のマイナス成長となったが,内訳項目である輸入は内需減速に伴う輸入減少(実質GDPベースで前年比▲25.0%)でその寄与度は+7.0%にもなり,数字の上では消費の下落分を相殺した。ロシアでは景気減速時に輸入が大きく減速して(背景には一定の輸入代替があると思われる)景気押上げ要因として働く点に留意したい。
最後にまとめると,当面のロシア経済を観察するにあたっては,①現在の前年比20%近い消費者物価上昇率が続くか否か,②油価高騰で好調な輸出が3月以降も続いているか否か(そもそも油価高騰は続くのか),の2点に注目することが重要だ。当面は3月の貿易統計の発表が待たれる。
- 筆 者 :榎本裕洋
- 分 野 :特設:ウクライナ危機
- 分 野 :国際経済
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