世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
チェンバレンになることを嫌い,しかし,チャーチルにもなれなかったNATO
(関西学院大学 フェロー)
2022.04.18
4月12日の日経朝刊に,「欧州,対ロ安保網を強化」との,興味ある記事が出ていた。趣旨は,NATOや米国だけに頼らない,独自の安全保障体制の強化とのこと。NATOとEU,その両方に加盟しているデンマーク,オランダ,エストニア,ラトビア,リトアニアの5カ国,加えてNATO非加盟のスウェーデン,フィンランドの2カ国,更にEU非加盟の英国,ノルウェー,アイスランドの3カ国,都合,欧州の10カ国で,ロシアの脅威に対抗する合同遠征軍を創ろうといったものだという。
確かに,今回のロシアのウクライナ侵攻は,NATO非加盟国にとって,同機構が当てにならない存在だと,白日の下に知らしめる結果となった。ロシアがウクライナ侵攻を準備している,との情報が飛び交っている最中,当のウクライナは,何度も,NATO加盟の願望を公言していた。そんな中,ロシアはNATOに対し,ウクライナの加盟を認めないよう,これ亦何度も警告を発し,それに対し,NATOは「加盟の是非は,当のウクライナの決めること」と,ロシアにとって,にべもない返事を繰り返した。
結果は,既に周知の如く,NATOは条約第5条を楯に,今なお加盟国でないウクライナへの直接の安全保障網の提供は出来ず(或いは,やらず),易々とロシアのウクライナ侵攻を許してしまう。
だから,NATO非加盟の多くの国が,自国の安全保障策を何らかの形で補強しておかねばと考える理由も良く解るのだが,敵対相手が核保有国ロシアである現実はどうあがいて否定できず,だとすれば,加盟国間の相互安全保障義務のあるNATO流の規約で縛られない,上記のような合同遠征軍に,どの程度の軍事上の実効性を期待出来るものか,小生のような素人には,疑問が払拭出来ない。
それにしても,今回のロシアによるウクライナ侵攻の際の諸々の出来事は,中東欧諸国が第一次・第二次大戦中に経験した教訓が,殆ど風化している様を浮き彫りにしたようだ。例えば,ナポレオンが,そして後年にはヒットラーが,モスクワ遠征の際に陥った苦境を,現在のロシアがそっくり繰り返している。あの当時,春が近づいたロシアの地は,雪解けのため泥濘と化し,ナポレオンやヒトラーの軍勢を如何に悩ませたか…。それと同じ轍を,今度はロシアが経験している。春先,ウクライナの地で,泥濘んでいないのは,舗装された正式の道路だけ。その道路を,ロシアの重戦車が一列縦隊で過ぎて行く。これではウクライナ軍の格好の射的になるのも宜なるかな。
ロシアとウクライナの停戦協議も,再開されたり休止されたり。これなども,第二次大戦の切掛けとなった,ヒットラーのチェコスロバキア領ズデーテンランド割譲を巡る,ミューヘン協定を彷彿とさせる。英国の当時の首相チェンバレンは,ドイツのヒトラーと差しの会議を行い,融和を達成したと一時的に評されたが,ヒットラーの野望は,ズデーテンだけで終わるものではなかった。むしろ同会議は,これまで同様,ヒットラーが「ドイツの望むものを,平和的手段で手に入れた」ことで,国内のナチ人気を一層盛り上げることに繋がってしまう。つまり,現在のプーチン大統領のウクライナとの停戦交渉の目的が,取り敢えずの停戦だけだと信じている,お人好しの人は殆ど皆無だろう。ミューヘン会議の後に,ドイツのチェコ併合が続いたように,恐らくは,少なくとも,先のクリミアに続く,ウクライナ領の南部一部がロシアに編入される事態となるシナリオの蓋然性が大きかろう。
上記のような話しを繰り広げていくと,際限がないので,八卦見の直近予測で小論を締めくくっておこう。
伝えられるところ,現在(4月13日)では,ロシア軍が戦略目標を切り替え,ウクライナの首都占拠から,南部地域一帯の制圧に力点を移したとされる。ウクライナ領内のロシア支配地域への防御前面には,ウクライナの最強部隊が配置されているらしい。私見では,プーチン大統領は恐らく,その防御部隊を南からと北東から,ロシア軍に攻囲させ,出来れば殲滅すること狙っているのではなかろうか。殲滅させ得なくても,同軍を攻囲して脱出不可能な状況を作り出せば,ロシア主導での停戦交渉がやりやすくなる。亦,もし殲滅できれば,ロシアは占拠したウクライナ南部一帯を実効支配したまま,一方的に停戦を発表する,そんなシナリオもありうる。
もし,そうなら,このロシアの動きなども亦,ヒトラーがソ連に侵入した際,赤軍主力を蟹の鋏のように取り囲み,殲滅しようとした作戦を連想させる。当時のドイツ軍は,その攻囲作戦を完遂出来ず,逆にスターリングラードで赤軍に逆攻囲され,白旗を揚げたこと,歴史の示す通りなのだから…。
つまり,現状,唯でさえ不利なウクライナ軍が,一層不利な状況に追い込まれないため,NATOや西側から,攻撃用の武器供与を如何に熱望しているか…。「武器供与の時期はまさに今であり,その要求に,嘗てプラハの春でソ連戦車に蹂躙されたチェコやスロバキアが応じ,ポーランドがそれら戦車の領内通過を許している状況は,近過去の歴史を知っていれば,容易に理解出来ることだろう。こんな状況だからこそ,表記のようなタイトルを,無理筋で付けたのだが…。
- 筆 者 :鷲尾友春
- 分 野 :特設:ウクライナ危機
- 分 野 :国際政治
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