世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3672
世界経済評論IMPACT No.3672

推論,トランプ次期大統領の心象世界

鷲尾友春

(関西学院大学 フェロー)

2024.12.30

 2016年の大統領選挙で初当選したトランプは,政治には素人であり,不慣れな米国政治の舞台で大いに戸惑い,それ故,己の考えや体験,感覚だけを頼りに政権運営を心掛けるようになった。だが,その行動や言動の全てが,従来のワシントン・インサイダーのそれとずれていた。彼の第一次政権の内情は混乱と無秩序が常態化しホワイトハウス内の統制は大いに乱れた。

 2020年選挙で敗退の後は,落ち目のトランプを,リベラルなマスメディアは数々のエピソードを挙げ事後的に厳しく批判した。トランプの「連邦政府は闇の勢力で支配され,自分を陥れようとしており,マスコミや司法はその手先化している」との盲信が生まれた。

 2024年の選挙に際し,トランプは先ず,“忘れ去られた人々”という,岩盤支持層を得た。この強固な地盤に,金満層(イーロン・マスク等々)の強い支持を組み合わせることにも成功,この異質な層の結合が選挙戦勝利の鍵となった。

 直近のファイナンシャル・タイムズは「米国経済の相対的な強さは刮目に値する…米国経済は,他の高所得国よりも遙かに革新的である…だが,このような驚異的強さを示す国は,他方では,最悪の社会を抱える国でもある…米国の2021年の殺人発生率は人口10万人あたり6.8人で,英国の6倍,日本の30倍…米国の最新の収監率は10万人あたり541人で,英国の139人,ドイツの68人,日本の33人に比べて断トツの高さ…米国の白人妊産婦死亡率は同じく10万人あたり19人で,英国の5.5人,ドイツの3.5人に比べると極めて高い…米国の黒人女性に限ると,妊産婦死亡率は出生数10万人あたり40人にも達する…こうした米国社会内での大きな不平等と低中所得層の大きな不安が,規制緩和と低税率を求める超裕福層との,本来なら有り得ない連携を産み出した。その両者を紡ぎ合わせたのがトランプの現状打破的姿勢で,それが今回の彼の再選の原動力だった…もしこの分析が正しければ,米国の産業構造転換による脱工業化と,それを促進している金融の抑制なき拡大が,トランプ再選という奇跡を成し遂げさせた社会的要因だったということになる…」(FT紙2024年12月4日)

 当選以降トランプ次期大統領は,これまでの心の鬱憤を晴らすような諸措置を,明白に取り始めている。

 バイデン政権下の連邦政府に批判的な人物を,次々と当該行政行為の担当だった官庁のトップに指名する。選挙期間中のトランプ候補の名誉を傷つけたとしてABC ニュース社を訴え1500万ドルの和解金を勝ち取っとる。更には,ハリス優位を記事にしたアイオワ州のDes Moines Register紙を提訴する(Trump Sues The Des Moines Register, Escalating Threats Against the Media; NYT 紙12月17日)等々…。

 新政権発足を前に,連邦政府やリベラル・メディアの不行跡を,矢継ぎ早に糾弾する措置を執っているわけだ。

第一次政権下,浴びせられたトランプへの酷評

 トランプの心象世界に分け入るために,まず2020年選挙後に発売された2冊のトランプ批判本,すなわち,Michael Wolff著のFire and fury(炎と怒り),次いで,Bob WoodwardのFear, Trump in the white House(恐怖の男)から,幾つかのフレーズを書き出してみよう。

 「トランプは,ごくごく基本的なレベルの事実さえ無視する…彼にとって,自分が知っていることだけが事実だ。従って,トランプが知っていることと違う事を進言しても,彼が信じることはない」

 「トランプは絶対的指導者を自任しながらも,基本的には融和主義者だ」

 「感情的になりやすく,気まぐれで予想のつかない指導者」

 「トランプは重大な弱点を隠すため,最大限の攻撃を行なう」

 「トランプは一瞬のひらめきで物事をやるのが好きなのだ。その場その場の“勘”で,行動する。事前の準備をやり過ぎると,即興で行動する能力が落ちると思っているのだ」

 「イエスと言う返事を得るために,ノーから始めるのがトランプだ」

 「あるとき,トランプは言った…真の力(の源泉)は(相手に与える)恐怖感だ…」

トランプの自負

 これらの批判にトランプは当然反論するだろう。トランプの“己自身の物事への対処法”の一端を,彼が著した「トランプ自伝」の中から抜粋してみよう。

 「市場に対する勘の働く人と,働かない人がいる…私にもそういう勘がある。私は有名なコンサルティング会社より,むしろ自己流の調査によって,遙かに多くのものを学んできた…私が本気で取り合わない相手は専門家だ…私は常に自分の勘に従う」

 「私は融通性を持たせることでリスクを少なくする…一つの取引やアプローチに余り固執せず,幾つかの取引を可能性として検討する…一つの取引に臨む場合,これを成功させるための計画を少なくとも五つ六つは用意しておく」

 「良くしてくれた人にはこちらも良くする…言葉だけでなく,実行する」

 こうした言葉を読み聞かされると,トランプの性格が,啖呵と度胸に長けた親分肌の餓鬼大将に似ている気も,何となくしてくるというもの。

 トランプとは何者?

 筆者なりの結論を先に記せば,概ね以下の七点となった。

 第一は,トランプの思考は常に,自らが不利な状態,或は不可避な難問に直面しているとの認識から始まっている。そんな想定の下,敵対者にどうすれば勝てるか…。言換えると,彼は,日本流の,横綱相撲をとれない。例えば,相互主義的貿易論は語れるが,自由貿易を遵守するなどと言った,理念を掲げた政策とは最も遠い指導者である。

 こうした思考傾向は,必然的に,第二の特徴に直結する。それは,彼の問題意識が,いずれもミクロの具体的問題に集中(不法移民,不公正な競争に基づく外国品の米国市場席巻,米国のみが犠牲を強いられている現状,台頭する中国にどう対応するか等々)していることで,この点を見る限り,彼なりに,「問題把握は常に自身の身の丈に合った現状認識から」という姿勢を貫いている。

 第三は,トランプは,ゼロ・サム思考から離れられない。言換えると,Meismの権化のようなところがある。「忘れ去られた人々の側に立つ」,「Make America Great Again」,「US versus THEM」等の思考方法は,全てこのミクロの視点からのもの。それ故,方程式は解けても連立方程式は解けない。筆者のこの断定に対し,「そんなことはない」と彼からの反論を予想すれば,その言い振りは,「だからこそ,今回は,創造的破壊の体現者を多く閣内に取り込んでいるのだ」とでもなろうか…。「だからこそ,ゲームのプレイヤーに,イーロン・マスク等を登用し,以て,通説で凝り固まっているリベラルな知識専門集団たる,連邦政府の既存官僚機構に対峙させるのだ」と…。

 第四は,公約を,今後どう実現して行くか…。

 利害の異なる支持層に,内容の相反する誓約を行なうことは選挙の常なのかもしれないが,いざ,それぞれにどう報いるかを考える段になると,すべての層を今後も,己の政権への支持者に繋ぎ止めておくには“手品のような技術”が必要となる。

 だが,“押しまくり”一筋の手法では支持者の不信は募り支持母体から離脱する。そんなケースも十二分にあり得るのではないか…。

 バイデン施策の結果だとトランプが批判し続けてきた,インフレ高騰と,今後のトランプの高関税負荷がもたらすであろう物価上昇を,己の支持者に,どう説明するのか…。想定される,起こり得る問題は山積して行くことだろう。

 第五は,諸点を解決するには,既存の概念に基づく手法ではなく,政治分野での革新手法や,従来とは異なる理論的支柱に依拠する様になるだろうこと。

 トランプは,実際の統治や政策策定過程に,その種の変容を持ち込もうとしているように見える。例えば高率の関税を実施する場合,従来のような自由貿易論が論拠になるのではなく,むしろ重商主義貿易論を導入する等々。

 FT紙(11月39日)が指摘するように,ピーター・ナバロなどのトランプの貿易チームにとっては,貿易政策とは競争国から生産手段を奪い取り,他国に自国向けの生産必需物資(例えばエネルギー源や先端技術用部品等々)の輸出価格を下げさせるように強いる,そんな役割を担う一種の武器。それは,政治意志を達成するための強制手段なのだと…。

 第六は,“自らの銃で己の足下を撃つ愚”をしでかす可能性。

 例えば,トランプ流には敵も多い。必ずしも己の意を汲まない人間に,トランプは威圧を加えがち。そんな場合,トランプの潜在敵が,知らないうちに一層増殖している可能性があると…。それを,トランプはどう防ぐのか…。

 例えば,前述した政権の新人事。トランプは,司法長官,国防長官,厚生労働長官,FBI長官,フランス大使,中東担当特使等々,右派イデオローグや身内などを,そうしたポストに指名し続けている。そして,そうした指名を本心では快く思わない共和党上院議員も決して少なくはない。そんな党内の潜在批判派に,トランプは,威圧,融和,突き放し,或は対立軸の除去等々,状況に応じて,如何様にでも対応するだろうが…。恐らく,それら各々の場面で,観る者が観れば“極めて面白い”,修羅場や正念場が様々に演じられることになるはずだ。

 第七は,恐らくこれが世界の国々にとって最も厄介なことだろうが,トランプが好む交渉手法が,実は,世界最大の経済大国,世界最大の軍事大国の指導者しか用いることが出来ない特殊なものだという点。最大の実力を持つ国の指導者であればこそ,その力の行使や不行使をちらつかせ,同盟国や対立する国を威嚇することが出来る。

 米国以外の国の指導者が,仮にそんなことをすれば,それこそ周辺諸国が寄って集って,当該国に逆制裁を掛け得るだろうが,これまで自由主義の盟主を標榜してきた米国相手に,そんな逆制裁を課しうるとは誰も思わない。それ程に,米国の立場はずば抜けていたし,計る尺度にも依ろうが,今でもずば抜けている。

時間が欲しい…

 トランプ次期大統領は,時間を惜しんでいる。78才という高齢で,しかも米国の大統領職には,改正憲法の規定で三選がない。

 2024年の大統領選挙後の僅かな時間を,彼は一時も無駄にはしていない。米国の法律では,「公職に就くもの以外は外交交渉にタッチしてはならない」との規定(Logan Act)があるそうだが,トランプは己が次期大統領である立場を振りかざし,そんなルールなどにはお構いなく,自身が仕掛けようとしている多方面でのDealの下準備に万端怠りがない。

 不法移民の大量流入への対処が不十分との理由や(対メキシコ,対カナダ),Abortionへの対処療法薬として市中に不法に出回っている大量のfentanylが中国から違法に持ち込まれているとの理由(対中国,対カナダ:カナダは,その違法な中国の対米輸出に,自国が経由地となっている現実への対処が不十分)で,これら3カ国からの輸入品全般に,トランプは大幅な関税引き上げを公言,メキシコの大統領やカナダの首相を“早々と”,トランプ流交渉に引き入れようとしている。亦,中国のガードは硬いと観てか,実現しないことを半ば承知で,習近平首相を己の大統領就任式に招待すると呟く等々…。

 トランプは,現在勃発中の“Clear and Present Danger”(中東戦争,ウクライナ戦争,米中対立の激化)に対しても,己の再登場自体がもたらす不確実性の増大を,交渉上の立場を強める材料に活用し始めている。

 例えば,中東問題に関してのユーラシア・グループの情報では,イスラエルは,これまでに,ガザ地区での対象とすべき攻撃目標の殆どを破壊済みで,後は人質に取られている一般市民の解放に目処をつければ,一方的にいつでも停戦できる状態になっており,そうした段階のイスラエル・ネタニヤフ首相に,トランプは「自分の大統領就任式までに,戦闘行動に一定の切りをつけるのが好ましい」と伝えたという。

 また,同情報によれば,イランが肩入れしていたヒズボラも,イスラエルの攻撃で弱体化しており,背後にいるイラン自身も,最高指導者Khamenei師の高齢・不健康説によって,指導部内での後継問題が表面化しつつあるとのこと…。要は,トランプがどんな手を打ってくるか,反イスラエルの国々は固唾をのんで,受け身姿勢で見守っているわけだ。

 ウクライナ戦争についても,ウクライナとしては「将来にわたる安全保障を担保する仕組み,例えば,具体的な日時を期してのNATO加盟の誓約や占領された領土からのロシア軍の撤退等々」を,ロシア側は「既確保済みのウクライナ領のロシアへの編入承認や西側の経済制裁の解除,それにウクライナのNATO加盟には絶対反対等々」を,停戦協定交渉への入り口としており,現状,折り合える土壌は出来てはいない。ウクライナや欧州諸国は,トランプが,渋るウクライナを無理矢理停戦交渉に引っ張り出す形にならないよう案じていると言う次第。

 つまり,ロシアはトランプの不確実性に賭け,ウクライナは,そんな不確実性故に,トランプが,バイデン路線から大きく逸脱してしまうことを心底恐れている。そして,そうした恐れが亦,トランプに取っては,絶好の己の交渉上の強みとなっている。

 状況を上記のように観れば,皮肉なことに,トランプの,「何をするか分からない,交渉好きの指導者」と言うイメージが,それぞれの戦闘当事国や紛争の相手方に,必然的にトランプが仕掛けてくるはずの交渉にどう応じるかを,真剣に検討せざるを得ない雰囲気を醸成しているようではないか…。

足下の政治状況;来年にはトリプル・レッド実現とはいうものの…

 2025年1月,トランプが大統領に就任する時の連邦議会は,上下両院共に共和党が優位を占める。つまり,所謂トリプル・レッドとなっている。トランプにとって,政策アジェンダの立法化は相対的に容易になるとするイメージが一般的だろう。だが,現実は必ずしもそうとばかりは言えない。議会両院の共和党が,決して一枚に纏まれないケースが続出することが想定されるからである。

 先ずは上院から観てみよう。新議会の上院の勢力は共和党53名,民主党47名。その差は6名。つまり共和党上院議員3名が造反すれば,共和党の賛成票は50に減り,それでもバンス副大統領が一票を投ずれば,過半数(51票)に持ち込める。しかし造反者が4名の時は当該案件の上院通過は難しくなる。

 一方,“トランプと距離を置く”,2名の筋金入りの穏健派女史がいる。西のアラスカ州リサ・マコウスキーと,東のメイン州のスーザン・コリンズ。トランプやマスクの恫喝に対しては,相対的な耐久力を持っている。加えて,新議会では共和党上院院内総務を降りるとは言え,党内に猶一定の影響力を残す,長老マコネル等々もいる。

 そうした党内事情を考えれば,トランプは上院共和党内から反対者を“4名以上は出せない潜在的な壁”があるわけだ。

 おまけに連邦議会上院には,filibusterの制度もある。反対者が意固地になり,譬え一人になっても反対姿勢を貫こうとする事態が絶対に現出しないとは言い切れない(尤も,高官の承認人事案件では,このfilibusterは使いづらくなってはいるようだが…)。

 下院でも,見かけ以上に共和党の優位の度合いが減っている。選挙直後の優位差は,共和220名に対し,民主党は215名だった。この5票差自体が,選挙前の共和党の優位差7票(220名対213名:2名は空席)よりも縮小している。そんな処に,トランプが次々と共和党下院議員を閣僚の候補に指名するものだから…。

 指名された2名の下院議員(Elise Stefanik ,Mike Waltz)が議会で承認され下院を離籍すれば…,来年1月からの下院の共和党優位は僅か2議席(217対215)となる。こうした状況をNYT紙はMike Johnson’s Newest Headache: the Smallest House Majority in Historyと記述した(2024年12月4日付け)。

 補欠選挙が実施されるまでは数ヶ月以上かかる。それまでは,共和党のジョンソン下院議長は薄氷の多数維持に苦労することになる。

 加えて,二つの新たな問題がジョンソン議長を悩ませ始めている。

 一は,インディアナ州選出のVictoria Spartz女史が,共和党の籍は保持するが,下院の各種委員会への在籍は拒み,党の運営会合にも出ず,イーロン・マスクの政府効率化委員会と連動する形で,“小さな政府”に向けて,努力を傾注するという姿勢を鮮明にしたこと。仮に,Spartz議員のそんな身勝手が通れば,ジョンソン議長の持ち札は僅か一票しかなくなる道理。消息筋は,Spartz議員は,「そんな己の立場を共和党指導部に高く売るつもりなのだ」と憶測する。

 二つ目は,イーロン・マスクとトランプ次期大統領の,下院での暫定予算採択審議への介入だ。新年度(9月~翌年8月)に入っても,連邦予算は,毎回の事ながら,未だ採択されていない。だから,政府の財政は暫定“つなぎ予算”で食いつないでいる。その暫定予算採択の期限が12月19日深夜だった。その期限切れを前に,ジョンソン議長は,下院民主党指導部との妥結交渉を繰り返し来年3月中旬までの“つなぎ予算法案”にすることで,内容も大筋で合意に達していた。

 そんな状況下,イーロン・マスクが自ら所有するXを媒体に使って,ジョンソン議長が纏め上げた“つなぎ法案”に反対の大声を上げたのである。反対の理由は,同法案に議会有力者のペット・プロジェクトが数多く盛り込まれていたことだった。つまり,その分,予算は不必要に膨らむ。だが,小さな政府を標榜するマスクにとって,この種の便乗は決して許されるべき事ではない…。このマスクの反対を,トランプが支持した。

 しかし,その後,トランプは態度を変える。

 ジョンソン議長との会談で,政府債務の上限規制を,今後2年間は停止するという己の主張を,修正“つなぎ”法案に取り入れさせることに成功したからである。

 2年間,債務上限に縛られなければ,トランプは選挙公約の大幅な減税や“忘れ去られた人々”を支援するための,予算支出を増やすことが出来る。言換えれば,自分が未だ政権運営に責任を負っていないことをこれ幸いと,バイデンが大統領である期間中に,予算支出を拡大することを可能にする条項(債務上限枠の2年間停止)を,この“つなぎ予算”の中に盛り込ませてしまおうと目論んだのだ。行政府が閉鎖されるかどうかの瀬戸際の法案,よもやバイデン大統領とて,拒否権を発動できないはずだ,と見越した上で…。

 ジョンソン議長は,トランプとの面談の末,このトランプの要求を受け入れ,それを盛り込んだ修正“つなぎ”法案を起草,そうした流れの中,トランプ次期大統領も,ジョンソン議長のこの修整提案を支持することを公にする(NYT紙12月19日)。

 しかしこの修正“つなぎ”法案も,結局,下院で否決されてしまう。賛成174反対235だった。トランプにとっての問題は,反対235票の内,共和党票が38もあったことだ。共和党内の反対は,トランプを支持する党内保守派からのもの。長年に渡って,小さな政府を標榜して,連邦政府の支出減を主張してきた共和党保守派にとって,譬え2年間の便宜的措置だとは言え,無限に政府支出を許すような仕組みを,自らの価値観として,到底容認出来なかったのだ。そして,ここにこそ,来年以降顕在化するはずの,トランプが主張する「無駄な規制を省いて政府を小さくするVS大幅な企業減税を実施して,米国産業を再活性化させる」という二律背反性の矛盾が潜んでいる。

 米国連邦議会をかき回し続けた,この暫定“つなぎ”予算法案を巡る喧噪は,最終的には12月19日の深夜,ジョンソン議長がトランプ要求の修正事項(2年間の債務上限枠停止)を取っ払い,時間との競争の形で,下院本会議に持ち込み可決,即,上院に送られ,待ち受けていた上院が,下院案をそのまま丸呑みする形で賛成85,反対11で本会議採択,それが即,バイデン大統領の下に送られ,大統領が即時に署名したという顛末。

 しかし,この結末は,年内の予算が確保されたという意味合いでしかなく,トランプが正式に大統領に就任後,暫定予算議論が再びぶり返されることを意味している。

 今回の暫定予算策定過程での混乱の中,下院共和党保守派の一部から,ジョンソン議長不信任の声が上がっている。“つなぎ予算”採択のため,民主党側と不必要な妥協を重ね,結果,審議手順を誤ったと…。だが,今回の暫定予算採択の過程を,少し斜めから見てみると,能吏と策士の両面の顔を持つジョンソンの姿も見えてくる。当初は,暫定予算を通すため,議会有力者や民主党の主張の一部を飲み込む。為に,当該案はマスクやトランプの批判を買う。そうすると直ぐに,マスクやトランプの意見を直接求め,彼らの主張に沿う案に修正する。そして,トランプを巧く取り込むと必然的にマスクが黙る。ジョンソン議長のしたたかなところは,債務上限を2年間停止するとの,トランプ修正案が議会下院を決して通らないだろうと予測しながらトランプの意を汲む形でそんな修正案を先ずは創って,実際に下院での票決に付す。案の定否決されるや,即座に行動してトランプ修正条項をバッサリと削り,最も身軽になった継続予算の内容を,今度は有無を言わさず下院で採決,即,上院に持ち込む。こんな芸当は,舞台裏で下院幹部や上院の民主党指導部との間で,密なる根回しが出来ていなければ,実現し得ないと考える。トランプは,ジョンソンを切るのではなく,とことん使いつくすべきであろう。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3672.html)

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