世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
第2次トランプ政権と日米関係:トランプ・石破会談を前に
(関西学院大学 フェロー)
2025.02.10
日米首脳会談が2月7日(米国東部標準時間)に開催される(本稿執筆は会談に先立つ2月3日時点)。
日本側はトランプ当選直後に面談を打診したが短時間の電話会談でお茶を濁された感は否めなかったが,結果的にトランプから大統領就任後初の外国首脳との正式面談として会談確約を取り付けることができた。だが,問題はこれから…。以下ではトランプ誕生から現在までの時間経過の中で,今回の会談の意義をどう考えるか,頭の体操を試みたい。
第二次トランプ政権
2025年1月21日,米国第47代大統領にトランプ元大統領が返り咲いた。
それから未だ2週間弱だが,選挙期間中に余りに多くのことを公約したものだから,現在はその約束を実現するために,トランプ流のやり方で,連日,下準備を整えているといったところだ。では,トランプは大統領就任演説で何を言ったか…。概ね以下の3点が浮かび上がってくる。1)
既存政治への不信感。高邁な理想よりも,社会的に抑圧された不満層に立脚しての,トランプ特有の現状認識。Liberal的価値への嫌悪。
2)
それ故に,経済政策,外交政策,技術政策,環境政策と言った,謂わば,全ての分野での,これまでの政策の大転換を主張。これまでの常識が間違っていたことを強調した上で,具体的に主張したのは以下の諸点。
①インフレを打破し,コストと物価を迅速に引き下げる為の政策を指示,②大幅な減税,③エネルギー資源の採掘促進,④技術政策の大幅変更(グリーン・ニューディールの終了,Climate accord からの離脱,電気自動車の普及策の撤回等々)とWHO脱退,⑤貿易システムの修復(関税重視,「財源賦課の対象を国民から外国へ」のレトリック:外国歳入庁新設,国境を越えたデジタル課税交渉からの脱退),⑥外交政策(戦争状態の終結:中東,ウクライナ,同盟体制維持コストの均等分担),⑦行政の効率化と経費削減(政府効率化省,公務員削減等など)。最優先として,手始めの2手と位置付けたのが「不法移民対策」と「インフレ・物価対策」だ。先ずは不法移民対策としてコロンビア相手に軍用機を使っての不法移民返還を実行。当初受け入れ拒否したコロンビアであったが関税賦課を迫られあえなく降参。しかしこうした行動は,中南米・カリブ海諸国共同体内からの反発を招いたが,それでもトランプは逆に押し切り,結果,受け入れ先の決まらない不法移民をキューバのグアンタナモ米軍基地に収容する方針を発表した。尤も,NYTのデビッド・サンガー記者は,上述のコロンビア案件の顛末と,トランプのデンマーク領グリーンランド購入提案やパナマ運河の米国への返還要求が連動してくる,との憶測記事を書いている(NYT1月27日付)。サンガー記者は記事中でユーラシア・グループのイアン・ブレマー氏の「将来の住民投票でデンマークからグリーンランドの独立が提案され,独立したグリーンランドと米国が同地での米軍基地や資源探査の在り方を協議する可能性が出てくる」というコメントを引用。同記者は「こんな憶測がNATO加盟国のデンマークに起きる可能性があること自体,トランプが戦後国際秩序の基本原則を如何に軽く考えているかの証拠だ」と指摘する。またパナマ運河に関しても,サンガー記者は,ルビオ新国務長官が,初めての外国訪問にパナマを選んだ背景として「不法移民返還問題に揺れる中南米諸国で米国の影響力を確保する第一歩とする」と共に「トランプの運河返還要求を伝え,力による外交を推進するトランプの本気度を伝えた」としている。インフレ・物価対策については,二期目の政権では,トランプに考えが近い適格者を,それぞれの要職に据えていることで政策の実効性を高めようとする動きが見られる。
3)
トランプ自身の並外れた自尊心に関して,以下の点が各種マスコミや研究機関から指摘されている。
- ①「世界を乱す米大統領の自己愛」:“マイヤーズ・ブリッグス・タイプ指標”による分類わけ“でトランプを理解しようとすると,「外交的で,実体験から物事をとらえ,判断は共感よりは実利を,行動は原則よりは状況を優先する。この型の人間は,大胆で精力的だが,目立ちたがり屋で飽きっぽく,思いやりを欠き,規律を軽んじ,衝動的に行動する面もある」(日本経済新聞1月21日)。
- ②「トランプ再登場で,変わる世界」:欧州外交評議会が実施した世論調査結果を見ると,トランプの復帰が自国にとって良いとの答えは,EUでは22%,英国で15%,韓国で11%というのが米国と親密な関係を保っている同盟各国の市民と判明。対してインドでは84%,サウジアラビアで61%,ロシアで49%,中国で46%,ブラジルで43%(Financial Times1月22日)であった。要するに,強権的な指導者に慣れている国の国民の方が,トランプ復帰を好意的に受けとめている。
何故,トランプは再選出来たのか
1)
大統領選再挑戦に際し,トランプは“忘れ去られた人々”(重厚長大型の従来型製造業従事者達:その大半は非大卒の男性従業員やその家族)による岩盤支持層を一層固める路線を採った。この強固な地盤に,株式資本主義の下で,起業や革新的経営で富を築いた金満層(イーロン・マスクやヴィヴィック・ラマスワミ等)の強い支持を組み合わせることに成功。この異質な2つの層の結合が選挙戦勝利の鍵となった。
2)
トランプ再選の根本に,米国社会の大きな分断という事実がある。それ故,「社会が悪い方向に向っている」と認識する有権者が6割を占め「米国は今や,慢性的に,社会の先行きを不安に感じる国なってしまっている」(NYT,2024年10月調査)。
36年前の,1988年選挙で共和党のパパ・ブッシュが選挙運動のテーマ曲にDon’t worry, be happyを採用したのと比べると,この社会のムードの違いは一目瞭然だ。現状への不満や不安は,バイデン政権の経済運営が比較的巧く行ってたにも関わらず,物価の高騰などが低所特者の資産格差への不満を増大させ「こうした社会に誰がした」とする怒りがトランプの岩盤支持層を形成した。
3)
ネット選挙の本格化。その波に乗って,トランプ自身が不確かな,或る意味,真実に基づかない情報を大量拡散。大手マスコミは,それらのFact Checkを行なったが,トランプ支持者はそうした動きそのものを反トランプのための陰謀だと決めつけた。つまり,そこには,世論調査大外れと相俟って,ネット世論に大手マスコミが敗北した構図が鮮明に浮かんでくる。そんな状況下,著名紙ワシントン・ポスト紙の読者向けメッセージも,社主Jeff Bezos;(Amazon創設者)の意向で,これまでの“Democracy Dies in Darkness”から,新しく“Riveting Storytelling for All of America”に変更された。その心は,もっと労働者にも読まれるような新聞になれ,というもの。リベラル派はこんな処でも立ち位置を脅かされている。
歴史の目を通して観た,トランプ現象
1)
米国政治史の視点からトランプ再登場を観ると,ルーズベルト革命(1932年当選:New Deal,新規まき直し),レーガン革命(1980年当選:小さな政府,政府こそ諸悪の根源),そしてトランプ革命(2024年再選:本稿冒頭のような問題意識,Our Government confronts a crisis of trust…)と続き,社会における政府の在り方を軸とした有権者の認識が大きく変遷している事実が明らかとなる。共通するのは,直前に発生していた米国社会の困窮と分裂。対応策としての新しいやり方。それ故,事の本質に於いて,重視すべきは対外政策よりも国内政策。採用すべき経済理論も,ケインズ経済学→市場遵奉の新自由主義経済学→重商主義貿易論(競争相手から生産手段を奪い取り,他国に自国向けの生産必需物資の輸出価格を引き下げさせる。関税はそのための武器:ピーター・ナバロ)へと,変化してきている。
世界政治の観点からは,覇権国の交代が顕著である。19世紀後半からの英国覇権下のグローバル化が,第二次大戦後,基軸エネルギーが石炭から石油へ転換し,米ソ冷戦が激化する中,理念の大国米国が,グローバル化の推進役に座ることになる。そして今日,トランプの再選は,グローバル化を推進してきた米国がその座から降りたことを示す。つまり,米国は犠牲になってきた,とのトランプの認識(米国第一主義思想)が米国社会に蔓延しているのだ。そんな米国社会の在りようを観て,世界はむしろ,米国に代わって,中国にその指導的役割を求め始めた兆候も見受けられる。具体的には,中国やロシアが中心に座る,グローバルサウス世界の拡がりである。逆に観れば,トランプ再選は,むしろ,そうした世界の潮流への米国的対応(謂わば,巣籠もり)としても理解出来るのではないだろうか。トランプの思考は常に,自らが不利な状態,或は不可避な難問に直面しているとの認識から始まっている。そんな想定の下,敵対者にどうすれば勝てるか。言換えると,彼は,日本流の横綱相撲は取れない。例えば,相互主義的貿易論は語れても,開かれた世界経済といった理念は語れない。つまり横綱相撲は取らないし,取れない。
「自国第一主義」を唱える米国への日本の対応
1)
これまで世界にグローバル化を推進してきた米国が,その役割を降りようとするとき,日本は,日米の共通利害を強調して,自分の持ち出し分を増やしてでも,「共に歩もう」と説得するしか他に方法はないのではないか。
2)
先ずは,ロシア,北朝鮮,中国という,世界の自由主義にとっての3大脅威との直接対峙を地理上余技なくされている,世界でも稀な日本の地政学上の特殊性を何度も強調する必要がある。レーガン大統領と首脳会談で中曽根総理が発した「日本列島不沈母艦」発言。この地政学的認識は,恐らく今日のトランプ政権も共有しているはず。つまり,日本も米国もほぼ同じ地政学リスクに直面しているのだと…。
中国の習近平主席は,2013年頃に米中新型大国関係認識を打ち出し始めた頃から「太平洋は米中両国を受け入れるに充分に広い」と発言した。習主席は,この言葉を米国との共存の意味に用いたのだろうが,その後の米国の対中脅威認識の増大の下では,この中国の言い回しを,米国はSea-Powerたる自国の太平洋での覇権を脅かす言葉と取っているはず。その意味で,米国と日本は,安全保障上の利害を,かつてないほど共有出来る状況が依然継続している。この脈絡では,石破首相は,自衛隊と米軍の連動可能性を一層強め,それらに伴う,更なる国防費の増額を図る意志を強調する等といったことも事前準備された総理発言要項の中に選択肢として当然に入っているのではないか。
3)
加えて,石破首相は,東南アジア諸国との連携強化を目指す外交を展開している。就任後にマレーシアやインドネシア等を訪問し,積極的な資源外交を展開,その延長線上で,トランプ政権が促進し始めたLNG輸出の促進などで,日本が協力出来る点などを,積極的にアピールすることになるのだろう。
4)
焦点となる米国の貿易赤字問題では,日本は恐らく第4番目ぐらいの位置付け。尤も,最大標的の中国,2番手のカナダやメキシコ,そして3番手のEU位までは,トランプによって確実に関税賦課の脅しの標的になるだろうが,4番手の日本はどうなるか…。
更に,USスチール問題…。ここら辺りまで来ると,この会談で石破総理がトランプ大統領の懐にどれだけ飛び込めるかが,大きな勝負処となるのではないか…。
5)
いずれにせよ,日米首脳会談設定までは,日本の事務方は極めて上手く事を運んだように見える。米国の新国務長官が承認された直後に,日本の外相が直接面談し,更にその後にクアッドの外相会談に米国の国務長官を引き込んで,素早くアジアの安全保障環境での認識一致を迫る。或は,米国の新国防長官が議会承認を得るや,日本の防衛大臣が新長官と電話会談を開き,同じような認識共有を図る。譬えれば,将を射ようとすれば,先ず馬を射よ,の実践というわけだろう。後は,日本側事務方としては,総理の手許にトランプ説得材料(防衛費,日本の米国経済への貢献,対米投資による雇用貢献等々)を大量に持たせ,総大将たる石破総理がそうした材料を駆使して巧くやってくれるのを念じるばかり…。
6)
トランプ大統領は若い頃,ニクソン大統領に共鳴するところが多く,両者の間に手紙のやり取りがあった由。そうした背景からか,「両者の政策や選挙戦略は奇妙なほど類似している」と,日本経済新聞の原田論説フェローは指摘する(同紙2025年1月27日)。例えば,外交で自らの手中を晒さず,相手方を予測不能な状況に陥らせる…。或は,米国を,国際秩序維持コストを一身に引き受けさせられる被害者として位置付ける…。更には,国内世論の分断を自らの選挙に利用する等々…。
だとすれば,石破首相はトランプとの会談の端々に,折に触れニクソンの言葉,例えば「真の政治家は,陰謀の時と誠実の時とを使い分けねばならない」を引用し,「その上で,願わしくは,日本はトランプ大統領の誠実な交渉相手として扱われたい」と口に出し,「指導者は,明日戦うために今日は妥協しなければならない」等を引用したりするのも,有りではないだろうか…。ニクソンは自著とされる「指導者とは」の中で,「客を飽きさせた瞬間が身の破滅と言うことを,政治家は映画スターや映画会社の社長以上に良く承知している」と書いた。そんなニクソン類似の心象世界を持つトランプに,日米首脳会談でそれなりの座を用意しながら,トランプの立場が立つように配慮すると共に,日本の国益をも守る。石破首相の真髄は,そんな処にこそ発揮されねばならない。
USスチール問題で,仮にトランプを翻意させれば,石破総理にとっては大きなプラス。USスチール買収に際しての各種誓約の実行を,トランプのイニシアチブの形で保障することなどが出来れば最高なのだが…。しかし,恐らくトランプは将来,米国の重厚長大型産業の労働組合を,トランプ共和党支持に鞍替えさせたがっている(筆者の推測ではあるが…)。そんな思惑がトランプの心の底辺にあるとすれば,これは難問。
米国との間の貿易赤字問題等では,ベトナムも当然対象に浮上すると思われるが,今のところ,トランプ大統領のベトナムへの言及はない。これなども,トランプは主敵中国をこれから相手にする場合の,損得の判断故ではないか…。カナダやメキシコへの関税賦課の脅しも,不法移民問題への対処や中国からの薬物フェンタニルの,両国を通じての中国からの不法流入に,適切な防止策を講じていないことを理由に挙げている。要するに逃げ道を用意している。こうした諸々に,荒削りなトランプの作戦の片鱗が読み取れるようではないか…。
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