世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
2026年初頭に観る,トランプ権力の本質:異常なまでの,権力の個人専有化
(関西学院大学 フェロー)
2026.01.26
2026年も年初からトランプ旋風が吹き荒れた。
先ず,ベネズエラに米軍特殊部隊を送り込み同国の大統領夫妻を拉致し,ニューヨークに連行,ギャング組織を使って麻薬を米国に大量に密輸出した等の犯罪行為を名分に,米国の裁判管轄権の下,起訴する挙に出た。これについてトランプ側近は「米国の措置は司法行為で戦争ではない。故に,1973年のWar Powers Resolution(大統領の戦争行為は,事前,或いは事後に,議会の了承を得なければならない)は適用されない」と主張したが,ベネズエラ攻撃の直後には,議会からの説明要求を拒むことは出来ず,へグゼス国防長官やルビオ国務長官らが,議会指導者たちに,軍事作戦について説明した。上院は,この説明の直後,新たな行動に出た。1月8日,上院民主党は,“ベネズエラで更なる軍事行動がとられる場合には,議会の事前同意を必要とする”決議案の審議手続開始提案を採択した。その評決は,賛成52票,反対47票と全民主党員に加えて,5名の共和党員たちも賛成した。トランプ大統領は自身のTruth Socialで,この5人を批判し,「彼らを二度と公職に就かせてはならない」と言い放った(NYT 2026年1月8日)。その後,この5人へのトランプ大統領側からの風当たりは強くなり,へグゼス国防長官から「今後,ベネズエラに米軍を展開しない」との言質を得たことを理由に決議手続き開始案への支持を撤回,態度を一変させた。その結果“手続き開始案”は,上院本会議で共和党の主導により否決された。
だが,上院共和党内のトランプ大統領を牽制する動きが止まったわけではない。直近では,グリーンランドでの軍事力行使の阻止に向け,予め備える動きが出て来ている。下院では,ジョンソン指導部が進めていた,労働者保護規制の緩和を目指す,関連3本の修正条項がいずれも,本会議審議の席上で,民主党こぞっての反対に加え,6名の共和党下院議員の造反で否決された。本年11月の中間選挙を前に,トランプ支持基盤の2枚看板—-すなわち,「忘れ去られた人々」と「金満の株式投資家・企業経営者層」の利害が,合致しなくなってきている現実が,次第に顕在化してきたのだ。
閑話休題。トランプ大統領は,同国指導者を連れ去った後のベネズエラを,米国が運営すると宣言した。世界最大の石油埋蔵量を有する同国の権益確保を念頭に,米国石油企業の投資参加を促す旨,半ば既成事実的に,且つ一方的に宣言したのだ。しかし,後日,ホワイトハウスに米国石油業界の首脳を招いての会議では, “今すぐの投資参加”は難しく,検討の時間が必要と消極的姿勢に終始され,エクソン・モービルのDarren Woods最高経営責任者(CEO)に至っては,同国への投資は現状では無理だと明言した。トランプ大統領は,Woods 発言の直後,エクソン・モービル社のベネズエラ権益への参加は認めないとの発言で応じたが,こうした威嚇と報復に類する言動は,今や,正体を露にした専制統治者トランプの実像を直截に表しているではないか。
話を再び元に戻すと,筆者には,最近,トランプ大統領は自国の軍事力をもてあそび過ぎているように思えてならない。今回のベネズエラ攻撃は,キリスト教徒の保護を目的にナイジェリア北部を砲撃した1週間後のこと。昨夏にはイランの地下核施設も爆撃している。直近では,イランの反政府騒動の中,デモ隊を弾圧すれば,米国はイランを空爆する等など。ではこうしたトランプ大統領の行動を,米国の有権者たち,とりわけ共和党支持者たちはどう見ているのだろうか…。
ベネズエラに即して言えば,作戦の成功,従事した軍人の命が失われなかったこと,米軍の強さを世界に示し,且つ,賢明にもHit and Runで剣を収めたことなどで,共和党支持層は大いにサポートしているというのが実情だろう。軍事行動が,トランプ支持率を高めている,その理由を解き明かすKey Wordは,上記の“hit and Run”。つまり,叩いては,すっと引くだ。叩かれた方も,報復を控える。だから,米軍は泥沼に引き込まれない。だが,イラン政府のような,「攻撃を受ければ報復する」,そんな状況が招来され,しかもそれが長期化するようになれば,トランプの好放題の軍事力を行使という状況も是正されざるを得なくなるだろう。
トランプ大統領は有権者の関心を次々とシフトさせる名人。ベネズエラの次にはグリーンランドに焦点を移す。更に,ルビオ国務長官をキューバの大統領にするなどとほのめかし,亦,有権者の関心が経済にあると見れば,クレディット・カードの利子の上限を10%に制限するアイディアをぶち上げ,連邦予算の支出絡みで連邦準備制度のPowell議長が不正を働いていた疑いがあるとして,司法省に捜査着手させる等など。更に,米国世論を沸かせているもう一つの分野は不法移民対策だ。トランプは選挙期間中「当選の暁には不法移民対策を大幅に強化する」と誓約していた 。そして事実,大統領就任後,100万人の不法移民を国外退去させると公言,昨年10月末までに50万人を国外退去させた。
一方,米国内での不法移民摘発を行う国土安全保障省(ICE)予算を3倍に増やし,不法移民取り締まりのみならず合法移民の入国拡大阻止や,不法移民が米国に侵入する南のメキシコ国境から,捜査の範囲を米国内諸都市にまで拡げさせた。捜査対象となった諸都市は,もっぱら西部や北西部の民主党基盤州。事件は,新年早々,そうした捜査対象となった2つの州で起こった。この過程で,ICEの捜査員たちは,捜査への抗議者・或いは被疑者たちに発砲,ミネソタで1人,オレゴンで2人を死亡させたのだ。事件を報じるCBSニュースやABCニュースの電子版を見る限り,ICE側の行き過ぎを指摘するニュアンスのものが多かったように思われ,筆者は,いずれの事件もICE職員の過剰発砲と観るが,トランプ政権は,射殺された抗議者や被疑者が,ICEメンバーを車でひき殺そうとした,との見方で強硬姿勢を崩さない。ICEの新規職員には,予算増による人員枠の急増で急遽補強されたメンバーも多く捜査手法も手荒という。今般の事態が発砲を必要とするほど窮迫していたとはとても思えない,というのが筆者の素朴な感想だった。
事件直後にノームICE長官やバンス副大統領が「ICEの措置は間違っていなかった」と断言し,それをトランプ大統領が擁護するという,そうした一方的発言がミネソタ,オレゴン両州の一般市民や,両州政府関係者の神経を逆なでし,州と連邦政府との対立が激しくなりつつある。ミネソタは,2024年大統領選挙で民主党ハリス候補と組んだ,ウオルツ副大統領候補を出した州。ウオルツ候補は今でもミネソタ州知事だ。こうした事情から,今回のICEの不法移民狩りの同州内での捜査強化を,大統領選挙時のウオルツ知事の行動への報復と見做す向きも一部にはあるようだが…。
本稿の締めくくりとして,最近読み返した以下の本から,トランプ大統領を投影して幾つか気になった個所を抜粋し,本稿の参考資料として付記したい。
この本は,英国を代表するドイツ史の権威,Ian Kershawの著作Hitler:日本語翻訳本のタイトルは「ヒトラー権力の本質:ヒトラーはこうして“カリスマ”となった(ヒトラーは,ヒトラー個人の性格分析だけでは説明できない)」である。
「近代国家としては稀有なほどに個人化された権力を,何故,人々は受け入れ,権力者の意に沿って働くようになるのか…」。
「カリスマ指導者は,市井の人々の憤慨と現実に白黒をつけたがる大衆の先入観に上手く訴える術を知っていた…」
「彼は,幅広い問題に一人よがりの説を展開して会話を独占するのを常とし…自分の独学を信じた指導者は,形ばかりの教養に依存する知識人を軽蔑した…彼は,自分を支持してくれた同志に強い忠誠の意識を持っていた…彼は亦,自分の理念の正しさを疑うことは一度もなかった…しかし彼の内面では,自己に対す自己評価と社会的アウトサイダーとしての現実の自分とのギャップから生じるフラストレーションの捌け口を,一層ネガティブなイメージを持つ存在に向けることを常とした…」
「彼は,独裁的権力を獲得するために前もって練られた戦略によってそのようなカリスマ的装いを得たというよりは,自分ではどうすることもできない状況に対する熱っぽい,ごく自然の継続した反応によって,そうした装いを自然と身に着けたのだった…。彼が絶対権力を握るようになると,彼を頂点とする統治機構の中では,第二位の指導者たちは,彼への献身と忠誠の度合いを競い合うようになる。第二位以下の指導者たちにとっては,自分の出世の可能性が偏に彼に依存しているからだ…。カリスマ的指導者は,実際の個性や性格は兎も角として,人々にどう感じ取られたかが,決定的に重要であることを熟知している…」等。
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