世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2450
世界経済評論IMPACT No.2450

厳しい世界経済下のRCEPの発効

清水一史

(九州大学大学院経済学研究院 教授)

2022.03.07

 現在の厳しい世界経済の状況下,今年2022年1月1日には,RCEP協定が遂に発効した。2020年11月の署名後,1年余りでの発効となった。まずは15カ国のうちの10カ国の発効であり,続いて2月1日には韓国でも発効した。来週3月18日にはマレーシアについても発効する。

 RCEPは,世界金融危機後の変化の中で,2011年にASEANが提案して進められてきた。交渉はなかなか妥結せず,2019年にはインドが交渉離脱してしまった。しかし保護主義・米中対立とコロナが拡大する中で,2020年10月に遂に協定が15カ国で署名された。

 2021年には,アメリカでトランプ政権からバイデン政権へ代わったが,米中対立は維持拡大されてきた。またミャンマーでは軍事クーデタ―が起こり,コロナも再拡大した。このような状況の中で,各国は発効に向けて国内手続きを加速させてきた。2021年9月ASEAN+3(日中韓)経済相会議は,2022 年1月初旬までにRCEP協定を発効させるという目標を示し,2021年10月のASEAN首脳会議やASEAN+3首脳会議も,その目標を確認した。

 国内手続き後のASEAN事務総長への寄託に関しては,4月にシンガポールと中国が,6月に日本が,10月にブルネイ,カンボジア,ラオス,タイ,ベトナムが寄託した。そして11月2日には,オーストラリアとニュージーランドが寄託して,RCEP協定の発効の条件が満たされ,協定の規定どおり60日後の1月1日に,まずは10カ国で発効する事となった。

 RCEP協定は,貿易の自由化や通商ルールなど多くの分野を包括する全20章から成る。RCEP協定の内容を見ると,従来のASEAN+1のFTAを越えた部分が多い。ただし関税の撤廃に時間が掛かる品目も多く,またルールにおいても合意できていない分野も多い。しかしまずは発効し,徐々に内容を充実させていくことが肝要である。

 RCEPの発効は,世界と東アジアにとって,大きな意義を有する。世界の成長センターである東アジアで,初のメガFTAかつ世界最大規模のメガFTAが実現される。RCEP参加国は,世界のGDP・人口・貿易の約3割を占めるとともに,それらが拡大中である。ASEANを中心に放射上に伸びる既存の複数のASEAN+1FTAの上に,その全体をカバーするメガFTAが実現する。そして,RCEPの発効により,これまでFTAが存在しなかった日中と日韓のFTAが実現される。東アジア地域協力におけるASEAN中心性も維持される。そして現在の厳しい世界経済下で発効に至ったことが重要である。

 RCEPが与える経済効果としては,第1に東アジア全体で物品(財)・サービスの貿易や投資を促進し,東アジア全体の一層の経済発展に資する。第2に知的財産や電子商取引など新たな分野のルール化に貢献する。第3に東アジアの生産ネットワークあるいはサプライチェーンの整備を支援する。第4に域内の先進国と途上国間の経済格差の縮小に貢献する可能性がある。

 これまで東アジアの経済統合を牽引してきたASEANにとっては,自らが提案したRCEPが実現される。東アジア経済統合におけるASEAN中心性の維持に直結する。今後,重要であるのは,RCEPにおいて,ASEANがイニシアチブと中心性を確保し続けることである。東アジアの地域協力・経済統合は,中国のプレゼンスが拡大する中で,ASEANが中心となる事でバランスが取られている。またASEANは,自らの経済統合を深化させていくとともに,ミャンマー問題も抱えながらASEANとしての一体性を保持しなくてはならない。

 日本にとってもRCEPは大きな意義がある。日本にとってRCEP参加国との貿易は総貿易の約半分を占め,年々拡大中である。RCEPは日本企業の生産ネットワークにも最も適合的である。これまでFTAのなかった日中と日韓とのFTAの実現ともなる。多くの試算において,参加国の中で日本の経済効果が最大とされている。

 中国にとっても,アメリカとの貿易摩擦と対立を抱える中で,RCEPへの参加と早期の発効が期待された。また日本や東アジア各国にとっても,中国を通商ルールの枠組みの中に入れていくことは,今後の東アジアの通商体制において重要であろう。

 そしてRCEPの発効は,世界経済においても重要な意義を持つ。WTOによる世界全体の貿易自由化と通商ルール化が進まない現在,広域の東アジアで貿易投資の自由化と通商ルール化を進めるメガFTAの意義は大きい。そしてRCEPの発効は,拡大しつつある保護主義に対抗し,現在の厳しい世界経済の状況を逆転していく契機となる可能性がある。

 またRCEPは,東アジアと関係国における対話と交渉の場の確保にもつながる。RCEPは,これまでASEANが提供してきたASEAN+3,東アジア首脳会議,ASEAN地域フォーラムのような広域での交渉と対話の場を,更に増やす事になる。2国間ではなくマルチの対話の場が重要である。

 世界経済は,更に厳しい状況となってくるであろう。東アジア各国の急速な発展を支えてきた世界全体の貿易と投資の拡大は,逆転を続ける可能性が高い。ロシアのウクライナへの軍事侵攻は,世界の政治経済並びに東アジアの政治経済にも大きな負の影響を及ぼすであろう。今後の世界と東アジアの経済において,東アジアのメガFTAであるRCEPの果たす役割は大きい。日本も,RCEPの一層の発展を支援していくことが不可欠である。ASEANを支援する事も肝要である。RCEPにおいても,日本は重要な役割を担う。

[付記]本稿に関しては,拙稿「保護主義とコロナ拡大下の東アジア経済統合―AECの深化とRCEP署名―」,石川幸一・馬田啓一・清水一史編著『岐路に立つアジア経済―米中対立とコロナ禍への対応』文真堂も,参照されたい。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2450.html)

関連記事

清水一史

最新のコラム